ジャワ島の女神

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  ジャワ島の青銅仏、後ろ姿です。体の前面は、青錆に覆われ地肌がよく見えない。 頭部と膝に潰れた跡か、小さな穴が開いている。

 錆は、顔のある体の表の方に厚く、背の方は比較的薄い。そんなわけでクリーニングをしてみました。地を痛めないように布ブラシで錆の盛り上がった部分を丁寧に擦り鋤く。錆の粉末が埃のように舞います。垢擦りみたいな感じですが、暫くして輪郭がすっきりしてきた。

 錆が薄くなると、背中から腰、臀部がはっきりしてくる。長い間、地中で眠っていた間の傷や腐食、こびりついた土、汚れをできるだけ落とすと、生気が蘇ってきた。

 なんとか見れるようになった背の方をこちらに向け置いてみる。深夜、なにげなく目をやると、今にも歩き出しそうで、びっくりしました。

 

   上腕部からギュとくびれ引き締まったウエストと、「 〉」の形にカーブした脊椎骨、モデルというか、アスリートというか、フィギュアの人形みたいなプロポーション。これはトリバンガと呼ばれる体をねじったポーズで、10 世紀初期に作られた南インドチョーラ朝の彫像に由来しているらしい。

 肩や背の筋肉など写実的でありながら、全体的には人間離れしたミュータント、そんなスーパーリアルな造形で、これが日本の鎌倉時代から室町時代のころ作られたとは驚きです。

 女性の仏像というと、日本や中国では観音菩薩への信仰が厚い。観音菩薩の姿形は、大乗仏教の要である慈悲の教えを体現しているように造られていて、母性的、お母さんっぽい感じものが多い。ジャワの仏は、奔放で、躍動感があって、観音様とは、ずいぶん雰囲気が違う。

  以前、ジャワ島の東部で古い貨幣を発掘していたとき、地中に埋まっていた仏像が出てきて、その中の一体。 13〜15世紀頃にあったマジャパヒ王国という国の仏像とのこと。

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 ついでにマジャパヒト王国の銀貨、これも発掘品ですが、小さなボタンぐらいの大きさでお椀のように膨らんだ形をしている。こういうのを探して地面を掘ってたわけですね。

 ジャワ島=インドネシアは、今はイスラム教の国で、古い時代の仏像は、骨董の世界でもそれほど出回っていない。東南アジアの仏教圏の国々から出るものに比べると、遥かに少ないのですが、おそらく後世のイスラム化のなかで偶像として仏像は破棄、破壊されてしまったのだと思います。

 

  なんだか新しい美の発見をしたような気持ちになりました。そういう美の発見って、とっても面白い。発見といっても、彗星とか、新種の菌とか、 遺跡とか、UFOとか・・・といろいろあるけど、美の場合は、突き詰めてくと自分がそう感じたからそうなの、と主観だけで完結してるところが心地よい。

 自己満足といえば、 100%その通り、世の中と無関係に自分だけが発見し(たと思っていて)、一人で悦にいってるんですから。

 でも、究極的には、満足ってことが人生で一番大切なんじゃないの。例えば、人生で成功することと、満足することのどっちが大切かっていえば、結局、満足の方になるでしょ? ここで言ってる「究極的」って意味は、末期(まつご)の目から振り返って見た人生のことです・・・少し脱線しました。

 

 ジャワ島は、インドネシアの首都ジャカルタがある島です。島といっても、大まかに日本の本州の半分ぐらいの面積があり、日本の人口と同じぐらいの人が住んでいる。      ジャワ島の歴史を調べると、7世紀の中頃から10世紀までシャイレーンドラ王国という大乗仏教の国がありました。東南アジアの仏教は、上座部仏教だといわれていますが、歴史的には錯綜しているんですね。ジャワ島には、世界最大級の仏教寺院といわれ世界遺産になっているボロブドゥール遺跡がありますが、シャイレーンドラ王国の時代に造られています。

 その後、13 世紀末から250 年ほどマジャパヒ王国が栄えました。今のマレーシアやフィリピンの一部まで勢力範囲が及んだとか。長期にわたり政治的に安定し、交易が発展したという。前に、クメールの仏像の話しの中で、かってのクメール王国は東南アジアの大国だったと書きましたが、マジャパヒ王国もそんな大国だったようです。

 世界史というとき、それはユーラシア大陸にあった国や民族の興亡のことだと思ってきたのですが、それとは別の世界史もあるのですね。

 現在、イスラム教のインドネシアでバリ島だけは例外的に土着のヒンドゥー教が信仰されている。その背景も分かってきました。15 世紀になるとジャワ島のイスラム化が進みますが、そのときマジャパヒト王国からバリ島に落ち延びてきたヒンドゥー教が定着したということなんですね。

 

 マジャパヒ王国は、ヒンドゥー教仏教が融合した宗教を奉じていたという。そういえば、仏教の本家インドでも、8 、9世紀には仏教ヒンドゥー教は兄弟みたいな関係になっていて、両者の間にはそれほど垣根がなかったってことを思い出しました。そんな融合の中で仏教の新潮流として生まれたのが密教でした。

 これまで、女神とか仏像とか、なんとく曖昧に呼んできましたが、遡るとヒンドゥー教の女神と、仏教の弁財天、吉祥天のような天部の仏は「同一人物」(まあ、人間ではないですが)なんですね。インドでは土着の女神と菩薩が融合してもいる。

 で、じゃあこの女神、仏像は、一体誰なんだということになりますが、手に蓮華の茎らしきものを持っているところから多羅菩薩でしょうか。でもアジャンター石窟群の蓮華手菩薩もありました。

 メトロポリタン美術館に収蔵されている南インドチョーラ朝のパールヴァテイ立像もトリバンガのポーズでよく似ている。 9〜 13世紀、南インドを支配していたチョーラ朝というヒンドゥー教の王国があったのですが、そこで造られた神仏の青銅像は似たパターンです。

 思うに、日本ではインドの北からユーラシア大陸の内部ルートを通り、中国を経由した仏像に馴染みがあります。地球儀ではインドは半島の形をしていて、南は行き止まりになり、そこから先は海。でも、インド南部から海路でインドネシアの方に伝わった仏像もあって、ジャワの女神はその末裔のようです。

 多羅菩薩は、もともとはヒンドゥー教の女神ターラーなのですが、仏教では観音菩薩から生まれた娘ということになっている。親子という訳です。日本ではあまり馴染みのない仏ですが、チベット密教では広く信仰されています。

 長い眠りから覚めたら、見知らぬ異国にいたってところでしょうか。ここでゆっくり休んでください。

 

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