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街歩きと巨樹

  3 月になり沈丁花の香りが漂っている。その生っぽい香りは、啓蟄(けいちつ)の香りとも言えるようです。 啓蟄 は「冬籠りの虫が這い出る」(広辞苑)時期のこと、そういえば昨夜、雨上がりの濡れた路上をガマガエルが歩いていました。    年明け、「兆しの香り」と勝手に呼んでいる蠟梅(小寒ごろに開花)から立春になると梅の香り、その次が沈丁花啓蟄)の香りと続きます。温帯の風土では、花の香りは自然界の季節の移り変わりと対応してるように感じます。

 ついでに一言。歩道脇の植え込みや花壇、公園整備などで積極的に植えられているからだと思うのですが、街に沈丁花クチナシ、金木犀が増えている。それぞれ開花の季節になると、その香り一色になってしまう。

 どれもいい香りの花ですが、画一的に強要されてるみたいな気がしないでもなく、ちょっと疑問に思っています。

 

  ときどき街歩きをしています。 天気のいい午後、フラリと出かける。特に目的地はなく、知らない街ならどこでもいい。長く東京で生きてきましたが、未だに山手線で降りたことのない駅もあって、行き当たりばったりにそんな駅で降り、街を歩く。

 表通りを歩くよりは、脇道、細い路地や抜け道、回り道、尾根や山道(みたいな地形の道)、廃道、猫道、へび道(谷中のくねくね道)、迷路みたいな道がいい。

 先週は、田端駅で降りて上中里駅まで歩きました。ターミナル駅でなく、大きな施設も特にないエリアなので、東京の西側を生活圏としてきた者には、はじめての街です。  土地勘のないところを歩く場合、憶えている電車の駅や線路、幹線道路との距離感、それに太陽の向きと土地の起伏で自分のいる位置の見当をつける。原始的だけど、不器用でものぐさの自分には気が楽でいい。

 それに、どこか場所を探すにしても、名所旧跡や人気スポット、老舗や名店といった特定の場所ではないですし、強いてあげれば、過去・・・昭和の雰囲気だったり、明治、大正、あるいは江戸の名残といった・・・いわばタイムトラベルなのですから。ああ、パン屋さんで海老かつパンとか肉屋さんでメンチ、ポテトコロッケ、そんな買い食いはしますが。

 

 田端駅の南口、ネットでも喧伝されてますが、崖の斜面にぽつんと建っているこじんまりした民家風の駅舎。改札口を出ると、周りの様子、目に入る情景は、みんな仮設っぽい雰囲気。それから急坂を上ると静かな住宅街が広がっている。ラーメン屋とか居酒屋、コンビニといったどこにでもある駅前の景観とはずいぶん違う。

 このあたりは高台になっていて、上野の山から日暮里、田端、王子、十条と続いている武蔵野台地の崖線の尾根なんですね。昔の(明治時代ごろの)言い方だと、台地の下が下町で、上が山の手。その頃は、今の山手線の外側は郊外でした。

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 特にいくあてもなく歩いているうち、住所の表示は西ヶ原になり、そのまま住宅街を歩いていると、曲がり角の先に大きな樹がある。一株だけなのですが、森のような茂み。

 大きな樹を見つけると、見にいくことにしている。大きな樹、だいたいは古木なんですが、もちろん都会ではそういう樹が珍しいってことがありますが、どういうふうに言えばいいのか、大きなものを見ると心が躍る。

 「大きなもの」と言っても、生き物、生命体です。きっとシロナガスクジラなんか見ても似た情感が生まれるはず。

 そういえば、なになに神社、寺の大イチョウとか、どこそこの大ケヤキと言われてる巨樹が各地にありますね。

 近づくと緩やかな坂道の中ほど、道路脇に椎(スダジイ)の樹が繁っていました。四方八方に根を這り、幹は三本に別れている。樹齢はそんなには古くないかと思われますが、 道の端っこの狭いスペースの中で成長してきた根や幹に、植物の生気、いのちの意思を感じます。

 ふと思ったのですが、鉱物(非生命)の場合、例えば、水晶や瑪瑙の晶洞の内部には小さな結晶が密集しているのが見える。みごとな造形ですが、それは周りの環境によって定められた物理的な法則性に則って出来た形です。

 一方、このスダジイの姿は周りの環境に抗していのちを持続させようとして出来た形です。最近、生命が存在する条件のある惑星(太陽系外の39 光年離れている恒星の惑星ですが)が7つ見つかったとか。もし、そこに生命が生まれてたとしたら、もし知性を持った生命だとしたら、なんかワクワクする。

 思うに、そのエイリアンが仮にSFに出てくるようなシリコン生命体とかガスとかプラズマ体といろいろ想像できるにしても、いのちを持ったものだとしたら、自然に抗して自己を持続させようとする力が形になったもののはず。その意味では、このスダジイや人間と同じじゃないか。

 ということでは、あのからみあいゴツゴツした根っこを見て、なんか強烈なインパクトを感じたのは、目には見えないいのちを垣間見たってことなんじゃないでしょうか。

 冬でも深緑色の照りのある葉に覆われ、枝の間に陽が差し込まず薄暗くなるほど。この雰囲気、シッキムの照葉樹林のジャングルを思い出す。鬼太郎の仲間の妖怪たちや森の精霊の住処は、こんな幹の洞だったんじゃないか・・・住宅街の路地でそんな夢想に耽っていました。

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  谷中、玉林寺のスダジイ。境内の傾斜地を山に見立てた庭園があるのですが、その一角は照葉樹林の森のよう。このあたり、江戸時代のさらに前、武蔵の国と呼ばれていたころは、こんな感じだったのではないのか。

 山の中腹に一目でこの樹だと分かる存在感のある古木がありました。幹周り5.63 メートル、高さは 9.5 メートルとずんぐりしている。

 寺の門前のプレートには、この樹は、寺の創建(1591年)以前から存在していたと書かれていました。樹齢400年を越えているようです。一時期、樹勢が衰えたが、手を尽くし回復してきたのだとか。

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  もうひとつ谷中で、「みかどパン」というお店の脇のヒマラヤ杉。この辺り寺町ですが、町のシンボル的存在になっている。というか、三っ角の分かれ目にある大樹なので、どうしたって目につきます。

 近くに建っている説明のプレートによれば、昔、植木鉢で育てていた杉だったそうです。樹齢としては、百年か、それに達しないぐらいではないかと思いましたが、家屋と大樹が一体化した姿が、なにか特異な パラサイト的存在として人の心に印象を刻みます。

 写真を見ると分かるように、この杉は庭に植わっているのではなく、家の軒下からせり出し、道路を浸食し大樹になってしまった。でも、この樹が一本あることで、街の人たちの心をずいぶん和ませているのではないか。大きな木のそばにいると、心が落ち着く。それに、夏は日陰ができます。

 

  東京のようなスクラップアンドビルドの都市では、まあ江戸の昔から火事や地震、それに空襲と、それが伝統になっちゃってるんですが、それでも、どこかに時間の中に根付いているもの、 昔の時代と継続しているものが、目に見えるもので、そういうものがあるのはホッとする。

 自分たちは、いつの間にかバーチャル世界の都市で暮らしているのだとしたら、そこがいくら便利、豊か、快適、 清潔、安全でも、人間の生自体が嘘っぽいものに薄められた人生を送っているってことではないでしょうか。

 

 ついでに、地元で気になっている樹を幾つかあげときます。

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  年末、年始に開かれる世田谷のボロ市の通りにある代官屋敷の玉樟、一般的にはタブノキと呼ばれています。温暖な海岸地に多い常緑樹、といってもそれは昔のことで、大高木になることもあり、近代化の中で切り倒されてしまい、大樹は少なくなっています。

 ここは毎日歩いているコースにありますが、晴れた青空の日、この樹の前で足をとめると、伊豆や紀州の海辺のイメージが浮かんでくる。

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  三軒茶屋の駅のすぐ隣り、目青不動の境内にあるチシャノキ。 落葉樹で大木になる樹ですが、まだ樹齢はそんなに古くはないと思います。

 この樹は、区の名木100選に入ってました。世田谷区は、1960 年代の高度成長期の前までは畑や雑木林も残っていて、そんな名残り。区の木として定められているのは槻(けやき)、区の鳥はオナガと、武蔵野のシンボルみたいなとりあわせです。

 右の平屋は、お堂の端っこですが、昭和レトロのひなびた感じ。今も初夏の夕方、コウモリが舞っています。

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 ボロ市通りにある天祖神社の槻(けやき)。夜、帰り道になっていて、境内を通り抜けるのですが、よくベンチで一休みします。目の前に大きな槻が立っている。

 昼間は近くの保育園の子供たちが遊んでいる場所、でも夜はひっそりとしていて、そのうえ闇が雑多なものを隠してくれるのでとてもクリーン。

 毎年、ここで夜桜を見る。桜が終わると槻の芽吹きを賞で、梅雨になると、銅葺きの本殿の屋根の緑青がひときわ映える。そうそう、槻の幹を覆っている苔の雨に濡れた鮮やかな緑色もいい・・・。

 すくっと直立した槻の太い幹は、まるで天に伸びる柱のよう。

 

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