星と鉱物の結晶、どちらがきれい?

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 7月下旬から夜10時すぎになると東南の空に大粒の星が光っている。火星の大接近です。写真は、近所の若林公園、シイの林のこんもりした茂みの上に見える火星、けっこうミステリアス。

 最初から横道に逸れますが、この公園で最近、猛禽類のツミを見た。小ぶりのタカといった感じで、キジバトを鋭い爪でつかんで食べている。そういえば、以前からときどきキジバトの羽や骨が落ちていて気になっていた。

 朝、ボランテアで公園を掃除している方に聞くと、3 年前からタカみたいな鳥(ツミのことですね)が公園に住みついていて、今では二つがいの巣があるという。ついでに、イタチや野ネズミもいるとか。

 ここは子供の頃からよく知っている公園で、昔は、キジの仲間のコジュッケイなんかもいて、今よりもっといろんな種類の野鳥がいました。ふつうにいたホオジロカワラヒワを見かけなくなって久しい。でも猛禽類はいませんでした。

 

  アップした画像は、少し前に書いた安治の「浅草太郎稲荷」と似た昏い夜に見えますが、肉眼の実感とはズレています。都会の夜空は、街の明かりで暗くないし、モワーッとした赤黒っぽい緞帳みたいにも見え、安治の描いた夜とはずいぶん違う。

 それに、写真の火星はポツンとした点で寂しげな感じ。しかし、マイナス2.8等で、ビカーッと伸び縮みする針のような瞬きに目を見張る。

  火星は決まり文句のように「赤い」と言われてます。でも、実際のところ赤には見えない。夜空のほとんどの星の色は、大まかに言ってしまうと白光といった感じですが、火星は、はっきり違う色、暖色系なのは分かります。実感としては、黄橙(ダイダイ)色、メキシコのフルオロアパタイトの結晶みたいな色しています。

 毎晩、歩きながら住宅街の上に光っている火星を見ているのですが、光度の迫力、それに色も他の星と違うし、ミステリアスな存在感を醸し出している。

 と、書いていて、でも、現実は連日の猛暑。ミステリアスな存在感とか悠長に言ってるような状態ではないです。日中 35 度前後、夜になっても気温30 度、湿度80パーセント近くで無風。外に立っているだけで額に汗がにじんできて、半ば朦朧としながら星を眺めてました。

 今年は酷暑という言葉をよく聞いた。つくづく感じるのですが、暑いだけでなく湿度が体にこたえる。イランやイラク、またメキシコの土漠も暑かったけど、日差しは強烈ですが湿度は低く、日本の夏の方が酷です。

 

 ・・・今月6日、このままいくと地球は温室化して人が住めない環境になってしまうというレポートが発表された(米科学アカデミー紀要)。

 子供のころ、東京の一般家庭に(電気)冷蔵庫やエアコンはなかった。あったのは扇風機、団扇(団扇)ぐらいで、夏は、もちろんそれなりに暑かったですが、みんなふつうに暮らしていた。そんな記憶を振り返ると、日本は別の世界になってしまったかのように感じます。

 

 前回、人が作ったもの(骨董・古美術品)よりもサファイアのような鉱物の方がきれいだと書いた。しかし、鉱物、石に肩を並べてきれいなものがありました。鉱物の本にこんな一節がありました。

 

 「自然界のもので美しく光り輝くものといえば、夜空の星と鉱物の結晶であろう。蝶のような昆虫や草花は鮮やかな色彩を持って入るが、光輝きには乏しい。夜空の星はあまりにも遠い存在で、われわれが実際に手にとって鑑賞するというわけにはいかない。

 その点、鉱物は、ダイヤモンド、黄鉄鉱、水晶とそれぞれ特徴ある美しい輝きを持ち、それを手にとって見ることができる。だから、世の中に鉱物のコレクションくらいぜいたくなものはないと筆者は考えている。」(『楽しい鉱物』堀秀道)。

 

 引用文に書かれていること、ちょっと飛躍しているけど、飛躍の仕方が自分のパターンと似ていて共感しました。このあたり言葉にするのが難しいですが、文章に永遠を希求する魂の衝動みたいなものが垣間見え、こちらの胸を衝く。

 たしかに鉱物の結晶なら手にしたり、あるいは自分のものにすることが出来ますが、もし触ったり、所有することにそれほど拘らず、純粋に星と鉱物の結晶、どっちがきれいかだけで判定したら、どちらがきれいなんでしょうか?

 都会を離れて山の上から見る夏の銀河、これは比べようがないほどきれいです。プレアデス星団はダイヤに優っている。都会の空ではほとんど見えないのが残念です。

 なんだかピカピカしてればいいみたいな話しになってますね。そのあたり、テーブルの上にジルコンや白鉛鉱の結晶を転がしてテカテカの光沢を見飽きない、そんな自分の嗜癖が露呈しちゃってるのかもしれません。だからここで言ってることが一般化できないことは承知しています。

 

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 ・・・横道に逸れますが、去年の8月の夕方、突然の嵐のように降ってきた大粒の雹(ひょう)の結晶。金平糖のような氷の塊で、奇妙な形に思わず見とれてしまいました。

 

 前回、絶賛してたイエローサファイアと今回、ミステリアスと讃えてる金星、一体どっちがきれいなんでしょうかーー先に結論を言ってしまうと、こういう設問、主観のマジックが関わっているので答えがないんですね。

 主観のマジックってどういうことかと言いますと、一つは、人間って、その時、その時の時勢、物事の勢い、弾みによって動いてるということがあります。人間世界の転期となるような出来事は、みんなそう、結婚とか転職とか、あるいは明治維新や太平洋戦争も究極的には物事の勢い、弾みで起きているという言い方もできる。

 つまり、その時々に夢中になっているマイブームの勢い、弾みで、同じものでも、別の時には違うものに見えてきたりする。主観の世界のことなので、いつも同じ基準、物差しでは見れないんですね。   

 主観のマジックのもう一つのケースは、金星でもサファイアでも、イコンでも仏像でもなんでもいいですが、とにかく何かに惚れ込むのですから、それは恋心の一種で、恋は盲目とか、あばたもえくぼみたいな心理が生じていることです。

 主観のマジックがどうして起きるのか考えていくと、結局のところ偶然の要素が大きく、そこで行き止まり、思考停止になってしまう。でも、それでは自分は行き当たりばったりでやってますと言ってるのと同じで、なんか気が済まない。正直にいえば、行き当たりばったりなのかもしれませんが、なにかもう一歩、納得できるというか、腑に落ちる理屈がほしいところです。

 仏教は人間世界の偶然を縁として捉えているのですが、そう考えてみると、自分の行き当たりばったりな流れも納得できるようになります。

 主観のマジックは、コンピュターやAIの思考にはない、人間だけがしている思考というか、いわば人の性(さが)で、美しいとか、きれいとかいった情感と深く結びついている。そんな訳で、答えがないんですね。

 

 今年の9月、金星は最大光度マイナス4.7等になります。昔からUFOと間違える人がいるように異様な輝きで、ダイヤよりもきれいといっても過言ではないと思うのですが。

 

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 7月のはじめ代々木公園のイベント中に見えた暈の虹。快晴の炎天下、青空に現れた虹、きれいでした。

 

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