川崎の有馬温泉「霊光泉」

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 体がクタクタに疲れたときだけにいく温泉がある。川崎の有馬温泉田園都市線鷺沼駅からバスにちょっと乗った市街地にあり、東京の西にいるのでそんなに遠くない。調べると電車で鷺沼駅まで18分。考えてみれば、同じ東京でも東の浅草にいくよりも近い。

 

 幹線道路沿いにある温泉は、昭和のビジネス旅館といった三階建、屋内は湯治場の雰囲気。浴室、湯船は狭く、古い銭湯といった感じ。休憩スペースは、二代目のご主人のお孫さんの勉強部屋兼用で、いまふうのスパ施設とは違います。

 でも、そういった話しはこの場合、些細なことで、肝心なのは霊光泉(りようこうせん)と呼ばれる鉱泉の効能、これは凄いと思いました。他のスパ施設と設備や料金を比較したりするのは、あまり意味がない。

 

 湯船は、茶褐色から赤茶色の濃い色で、季節、時間帯によって変わり、黄金色になることもある。含鉄泉という鉄分を含んだ泉質で、温泉の中では比較的マイナーな泉質のようです。 源泉温度は20.9度とのこと( 表示によれば、1リットル中の成分/ナトリウム15.1mg、カルシウム27.9mg、第一鉄25.81mg、アルミニウム5.15mg、塩素22.27mg、硫酸6.58mg、ヒドロ炭酸208.0mg)。

 源泉は透明、飲むこともでき、口に含むと鉄錆の味がしました。空気に触れていると鉄分が酸化し、湯船は茶褐色系になっていく。 

 この温泉に浸かって、外で少し休んで、また浸かってと繰り返していると、体に元気が蘇ってくる。肉体的な、特に筋肉の疲労感がすっかり消えている。

 そういう感覚は、ふだんより体の状態がきついとき、疲労度が±0より-(マイナス)になっている時の方がよく分かります。

 ここに通っている人と話をしていたら、温泉の効きが強いので、湯にあたって知らないうちに気を失い、ズルズル沈んでいく人を引き揚げたという話を聞きました。これまで二人、引き揚げたとか。湯船の底は浅いですが、濃い黄赤色の湯に沈むと、姿が全く見えなくなってしまう。

 温泉にあたった・・・そういえば、前回は、鯖(サバ)にあたった話でした。いえ、全然、関係ない話しです。まあ、ヒスタミンや鉄が人の体に与える作用ということでは、つながっていると言えなくもない。

 

 この温泉が見つかったのは1965年、東京オリンピックの翌年、高度成長のまっただ中の頃でした。以下、温泉を開業するまでの経緯は、川崎、有馬温泉のホームページの記述をもとに書いています。

 温泉を掘り当てた創業者は、以前は、東京の港区で工場を営んでいた。元来、信心深い人だったそうで、ある日、夢の中で白衣の翁からで西の方角によい土地があるというお告げを受けたことから、この地に移り住んだという。

 白衣の翁は、八幡大神の化身ということで、建物の横に社(やしろ)が建てられている。

 まだ水道のない時代で、井戸を掘ったところ、青く濁った水が出てきた。これが鉱泉で、沸かして風呂に入ったところ疲れが消えたように感じられたそうです。

 自分がはじめて入ったときも、なぜか分からないぐらいに疲れが消え元気が戻ってきて驚きました。そのときは、事前に何の情報、知識もなく、近場なので入ってみただけだったのですが不思議な体験でした。

 他にも、リューマチの体の痛みが消えたとか、体に効能があることが分かってきた。そこで、病に苦しむ人のために無料で入浴できる風呂を作ったという。それを2年間、続けたそうで、創業者の強い想いを感じます

 そのころ、体の動かなかった人が温泉に入ったら、歩いて帰れるようになったこともあったと二代目のご主人から聞きました。新約聖書に書かれているイエスの行った奇跡と似た話しなので印象に残っている。  

 それは、中風(体の麻痺といった意味)で動けなかった人に、イエスが言葉をかけると起き上がり歩き出したという話しです。福音書にはこの他にも、さまざまな病気にかかっていた人々をイエスが治した話が書かれている。

 この温泉に浸かったら病が治ったという話しが広がり、毎日入りきれないほどの人が殺到するようになる。

 半世紀ほど前のことで、現在は落ち着いていますが、そのころは効能の噂が都市伝説のように広まったようです。そういえば、福音書にはイエスが病を治すという噂が広がり人々が続々とやってきたという話も書かれていました。

 そこで1966年、温泉療養施設として開業する。成り立ちからして普通の温泉とは違うことが分かる。

 

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 霊光泉という名称は、この温泉に度々、入浴していた、当時、厚生大臣だった自民党の政治家、園田直氏が名付けている。建物の横に霊光泉と彫られた大きな石碑が社と並んで建っている(上の写真)。

 霊光泉というインパクトのあるネーミングについて、とりとめもなく考えてきた。一体、この名称は、何に由来しているのか? 

 察するに、創業者の病に苦しんでいる人々のためにという想いを名称にしたと思うのですが、漢字で「霊」の「光」の「泉」でしょ、思いつきでつけたにしては、決まりすぎというか、何か強い力が働いているように感じ、謎解きのように考えていた。

 取っ掛かりは、霊光という二文字で、真光とか白光とか大本教の流れを汲む古神道系の分家筋の教団に共通する類似の用法で、何か関係があるように思えました。

 ちょっと調べると、園田氏は合気道創始者植芝盛平の門人で昵懇の間柄だったことが分かり、つながりました。植芝盛平は、戦前、大本教の信者で、生涯、大きな影響を受けている。

 そういった人脈の流れから霊光泉の名称は、古神道を踏襲したネーミングだと思いました。でも、それはまだ表層的なことで、その先があるようです。

 というのは、古神道と言われる教義の多くは、明治維新後に日本に入ってきたキリスト教や西洋のスピリチュアリズムの論理や概念を転用して作られているからです。

 そこまで遡ると見えてくるのは、霊光や真光、白光といった言葉は、神は光と言っているキリスト教に由来しており、さらに遡ると一神教にゆき着く。これ以上は遡れない。

 まあ、だからどうなの? 一神教の神だなんて、アニミズム的な日本のカミ(迦微)とは水と油じゃないか、けしからんと文句を言ってるのではありません。ええ、単にとりとめもなく考えてきた戯れ言を書いただけ。温泉の話からずいぶん横道に逸れました。

 

 人の体内で、細胞のエネルギー源の酸素を運んでいるのは血液の主成分である赤血球、細かく言うとヘモグロビンで、鉄は、そのヘモグロビンの生成を担っている。

 鉄は必須ミネラルのひとつで、レバー、しじみ、ほうれん草、大豆などいろいろな食物に含まれている。 ほうれん草を食べると超人的パワーが生まれるアメリカのアニメがありました。あれは、ほうれん草の鉄分により体の力がアップするというふれこみでした。

 そういえば、この温泉が見つかった前の年(1964年)、小松左京の『日本アパッチ族』という小説が出てベスセラーになっている。主人公たちは、鉄を主食として食べる人間(ミュータント)で、やはり超人的パワーを身につけていました。中にこんなくだりがありました。コテコテの大阪弁なんですね。

 

 「やっぱり、鉄を食うと、あんなにすごい力がでるんでしゃろか」(略)

 「そら当たりまえやがな」もう一人がしたり顔でいった。

 「ポパイみなはれ。ホウレンソウ食うたら、あんなに力が出るやおまへんか」

 「ホウレンソウとこれと、どんな関係がおまんねン」

 「ホウレンソウには鉄分が多いというやおまへんか--あんた、家で料理させられたことおまへんか?」(小松左京『日本アパッチ族』)

 

 食物を食べるのは自然なことですが、もっと効果的に、そして即効で体に鉄を取り入れる、不自然な方法がスポーツ界で問題になりました。

  いまから4年前、日本陸連は長距離選手に行っていた鉄剤注射をやめるよう警告文書を出している。それまで、鉄剤を静脈血管に注射し、血液中の酸素の供給を増やすことで、記録を伸ばすという一種の「ドーピング」が女子選手を中心に行なわれていたからです。

 温泉に含まれる鉄分は、口から飲んでも、あるいは皮膚からも吸収される。一般的に皮膚吸収は、ごく僅かだといわれていますが、 いろいろな条件により吸収率は変わるはずで、 そもそも人により吸収の度合いに個人差があるのではないか。

 食物からの吸収にしても効率はそれほど良くないうえ個人差もあり、貧血気味の人は鉄分のサプリメントを摂ったりもしている。

 含鉄泉の温泉に浸かることで、鉄分が吸収され血液中の酸素の供給が増える。それにより全身の細胞のエネルギーが活性化し元気になる。それが霊光泉の効能なのではないでしょうか。

 

 書いていて、これは道教の煉丹術のようにも思えてきました、煉丹術は丹砂(硫化水銀)をはじめとした主に金属鉱物の粉を組み合わせた霊薬を服用することで、超人的な効能を得たり、極めつけは不老不死になるというふれこみでした。テキストの「神農本草経」はなにぶん大昔の書で、こだわると迷路に迷い込むので、大雑把に言ってます。

 実際には、煉丹術は長い間、試行錯誤を繰り返したが、実効性はなかった(と思うのですが)。霊光泉は、煉丹術の夢の一つを叶えたともいえる。

 

 

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