蠟梅(ろうばい)と枇杷(びわ)の花の香り 

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 大寒に入り、蠟梅(ろうばい)の花が開花している。庭木や公園の植木として植えられているのでよく目にします。

  出だしから少し横道に逸れますが、何日か前、冬鳥のツグミジョウビタキ、それにホオジロも見かけました。一年で今が一番寒さが厳しいんだな、と感じる。

 以前、ホオジロは一年中よく見た野鳥だったのですが、このところめっきり姿を消していた。他方、以前は冬鳥だったはずのメジロは一年中、よく見かける。総体として野鳥の種類は減っていて寂しい・・・話しを戻します。

 蝋で作ったかのような質感の黄色い花びらは、ツルツルしていて半透明、近づくと真冬の青空が透かして見える(写真参照)。  

 蠟梅は、年明け最初に香る花です。名前に「梅」の字が入っていますが、梅とは別の科の植物で、香りも異なります。 毎年、開花はもうすぐかな、と気にしてきたので、頭の中では、1月(睦月)と蠟梅の香りは一体化している。

 仄かに甘い、淡い香り。梅の花のような濃密な甘さや艶、ふくよかさはなく、客観的に語ると、そんなに個性的な香りではなく、割と凡庸というか、芳香剤にあるような誰もがいい香りと感じるようなタイプの香りです。

 古来、七香のひとつにあげられてきた梅に対し、蠟梅は脇役といったところでしょうか。

 でも、霜柱が立ち、吐く息も白い早朝、冬枯れの木立の道を歩いていて蠟梅の香りと出逢うと、そういった客観的な評価とは別に、この上なくスウィートな至福感に満ちた香りに感じられます。

 

 先日、本棚の片隅で埃をかぶってた永井荷風の日記『断腸亭日乗』のページをめくっていたら、文中に「蠟梅馥郁たり」といった記述があるのを見つけました。

 荷風は、昭和7、8、9年と正月元旦に墓参のため雑司ヶ谷墓地を訪れるのですが、毎年、蠟梅の花の咲き具合などを書き留めています。

 残念ながら香りについてはふれていない。当代一流の教養人にして好奇心旺盛、観察力の優れた文学者にしてなお、香りや匂いについては、あまり視野に入っていないのかもしれない。

 嗅覚は、五感の中でも最も原始的な感覚器官といわれます。思うに、現代の人間は五感の中では視覚偏重の世界に生きていて嗅覚は疎んじられ気味です。

 その原因を根源的にまで遡ると、文字、数字の読み書き、それらを媒介する印刷物、動画などが、大脳新皮質の機能と連動して、視覚偏重を更に加速させているように思えます。他方、嗅覚は、肉体性の方により近い感覚器官なので、視覚ほどには意識の俎上に上ってこないのではないか?

 

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 晩秋から年明けぐらいにかけて、枇杷(びわ)の花が開花している。上の写真は、花の部分だけを拡大して写しています。実際に常緑樹の枝で咲いているのと、ちょっとイメージが違っているかもしれませんが。

 枇杷の花は、初冬の季語になっています。この時期は、そろそろ開花期も終盤で、花は枝についたまま茶色に褪せてきている。

 あまり目立たない地味な花で、人に気づかれず咲いています。この花の香りは、けっこう好きです。

 どんな香り? イメージするとしたら杏仁豆腐の香りいえば分かりやすいかと思います。香で言えば、バニラやトンカビーンを連想する。

 フローラルでグリーン、ふたつの方向性が溶け込んだクリーミーでクールな絶妙な香りです。補足すると、バニラやトンカビーンには、このグリーンなところはないんですね。

 蓮の花の香りもそうですが、グリーンな香りという要素が、ただフローラルだけではない独特の癖、別の言い方をすると「個性」ということになるのですが、そんな特徴を生んでいる。

 

 蠟梅と同じく枇杷も中国原産の樹木ですが、生花の香りは、日本の風土と季節感に結びついた独特の情緒を醸し出している。それは密閉された部屋の中で純粋に香りだけを嗅ぐのとは異なります。

 人間にとって香気って嗅覚(感覚器官)の感度だけでは語れない、歴史や文化、その人の個人的な記憶などが絡みあった心象なのではないでしょうか。

 大寒の頃、関東では太平洋高気圧の影響で快晴の日が多い。寒い朝、乾燥した空気、突き抜けるような青空・・・枇杷の花の香りを想い出そうとすると、こんな情景も一緒に浮かんでくる。

 そういえば、枇杷の花の香り、子供の頃に同じ(ような)匂いを嗅いだことがあったような記憶があります。既視感というと視覚の世界のことですが、それと同じような感じです。想い出そうとするのですが、どうにもつかみどころがなく、あやふやではっきりとは想い出せずもどかしい。

 

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