蠟梅(ろうばい)と枇杷(びわ)の花の香り 

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 大寒に入り、蠟梅(ろうばい)の花が開花している。庭木や公園の植木として植えられているのでよく目にします。

  出だしから少し横道に逸れますが、何日か前、冬鳥のツグミジョウビタキ、それにホオジロも見かけました。一年で今が一番寒さが厳しいんだな、と感じる。

 以前、ホオジロは一年中よく見た野鳥だったのですが、このところめっきり姿を消していた。他方、以前は冬鳥だったはずのメジロは一年中、よく見かける。総体として野鳥の種類は減っていて寂しい・・・話しを戻します。

 蝋で作ったかのような質感の黄色い花びらは、ツルツルしていて半透明、近づくと真冬の青空が透かして見える(写真参照)。  

 蠟梅は、年明け最初に香る花です。名前に「梅」の字が入っていますが、梅とは別の科の植物で、香りも異なります。 毎年、開花はもうすぐかな、と気にしてきたので、頭の中では、1月(睦月)と蠟梅の香りは一体化している。

 仄かに甘い、淡い香り。梅の花のような濃密な甘さや艶、ふくよかさはなく、客観的に語ると、そんなに個性的な香りではなく、割と凡庸というか、芳香剤にあるような誰もがいい香りと感じるようなタイプの香りです。

 古来、七香のひとつにあげられてきた梅に対し、蠟梅は脇役といったところでしょうか。

 でも、霜柱が立ち、吐く息も白い早朝、冬枯れの木立の道を歩いていて蠟梅の香りと出逢うと、そういった客観的な評価とは別に、この上なくスウィートな至福感に満ちた香りに感じられます。

 

 先日、本棚の片隅で埃をかぶってた永井荷風の日記『断腸亭日乗』のページをめくっていたら、文中に「蠟梅馥郁たり」といった記述があるのを見つけました。

 荷風は、昭和7、8、9年と正月元旦に墓参のため雑司ヶ谷墓地を訪れるのですが、毎年、蠟梅の花の咲き具合などを書き留めています。

 残念ながら香りについてはふれていない。当代一流の教養人にして好奇心旺盛、観察力の優れた文学者にしてなお、香りや匂いについては、あまり視野に入っていないのかもしれない。

 嗅覚は、五感の中でも最も原始的な感覚器官といわれます。思うに、現代の人間は五感の中では視覚偏重の世界に生きていて嗅覚は疎んじられ気味です。

 その原因を根源的にまで遡ると、文字、数字の読み書き、それらを媒介する印刷物、動画などが、大脳新皮質の機能と連動して、視覚偏重を更に加速させているように思えます。他方、嗅覚は、肉体性の方により近い感覚器官なので、視覚ほどには意識の俎上に上ってこないのではないか?

 

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 晩秋から年明けぐらいにかけて、枇杷(びわ)の花が開花している。上の写真は、花の部分だけを拡大して写しています。実際に常緑樹の枝で咲いているのと、ちょっとイメージが違っているかもしれませんが。

 枇杷の花は、初冬の季語になっています。この時期は、そろそろ開花期も終盤で、花は枝についたまま茶色に褪せてきている。

 あまり目立たない地味な花で、人に気づかれず咲いています。この花の香りは、けっこう好きです。

 どんな香り? イメージするとしたら杏仁豆腐の香りいえば分かりやすいかと思います。香で言えば、バニラやトンカビーンを連想する。

 フローラルでグリーン、ふたつの方向性が溶け込んだクリーミーでクールな絶妙な香りです。補足すると、バニラやトンカビーンには、このグリーンなところはないんですね。

 蓮の花の香りもそうですが、グリーンな香りという要素が、ただフローラルだけではない独特の癖、別の言い方をすると「個性」ということになるのですが、そんな特徴を生んでいる。

 

 蠟梅と同じく枇杷も中国原産の樹木ですが、生花の香りは、日本の風土と季節感に結びついた独特の情緒を醸し出している。それは密閉された部屋の中で純粋に香りだけを嗅ぐのとは異なります。

 人間にとって香気って嗅覚(感覚器官)の感度だけでは語れない、歴史や文化、その人の個人的な記憶などが絡みあった心象なのではないでしょうか。

 大寒の頃、関東では太平洋高気圧の影響で快晴の日が多い。寒い朝、乾燥した空気、突き抜けるような青空・・・枇杷の花の香りを想い出そうとすると、こんな情景も一緒に浮かんでくる。

 そういえば、枇杷の花の香り、子供の頃に同じ(ような)匂いを嗅いだことがあったような記憶があります。既視感というと視覚の世界のことですが、それと同じような感じです。想い出そうとするのですが、どうにもつかみどころがなく、あやふやではっきりとは想い出せずもどかしい。

 

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クメールの石像

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 真夜中、目が覚めた。豆電球に照らされた石像が見える。7 世紀のクメールの神像、 枕元のテーブルの上に置いていた。暗がりに浮き上がった横顔は、生きている人のよう。

 砂岩を彫ったものですが、砂岩といっても、よくインドの彫像、例えばカジュラーホーの寺院で知られるチャンデーラ朝の彫像などに用いられている砂岩に比べ、きめ細かく、滑らかな質感です。青みがかった緻密な岩石で、暗がりでは、しっとりとした人の肌のように見える。

 そういえば、カンボジアの石像について、こんなことを書いている本がありました。

   「人体の美しさは、骨や筋肉だけではなくて、この皮下組織の弾性に支えられている。それまでの古代美術は、西洋も含めて皮下組織の表現には関心を払わなかった。ところが古代カンボジアの芸術家は、皮下組織の美しさを発見し、それを意識して表現したらしい。カンボジアの石像の独特の肉体表現は、この新しい発見によるものだと私は思った。」(『私のガラクタ美術館』多田富雄

 ちょっと即物的な話しになりますが、この指摘に補足して、クメールの地で、皮下組織、肌を表現する素材として絶好の砂岩が産出されたことが大きかったように思えます。

 

 クメール王国は、最盛期の西暦1000年〜1250 年代頃、カンボジアを中心に現在のラオスベトナム、タイ、マレー半島まで版図が広がっていたという。想像以上に、大きな王国であったようで、そこでインド文明の影響を受けたクメール美術が花開いていたことを知りました。

 この石像は、最近、クメール文化を在野で研究している方に譲っていただいたのですが、その方の話しでは、クメールについて究明されていることは少なく、遺跡の調査も手つかずの場所がたくさんあるとのことでした。

 いろいろな国の仏像、インドやチベット、東南アジア、中国、それに日本も加えていいですが、その中でもクメールの石像には、他の地域にはない一種特異なリアリティを感じる。

 美術史では、サンボー プレイ クック様式と呼ばれるらしいのですが、この石像が造られたのは今から 1200〜1300年ほど前、カンボジアの歴史では、前アンコール期という時代区分になります。だいたい日本の奈良時代から平安初期にあたる。

 仏陀がはじめて人間の姿で表されたのは、つまり最初の仏像は、1 世紀頃、今のイランからアフガニスタンにかけてを領土としたクシャン朝で生まれたといわれます。それがガンダーラの仏像でした。

 その後、仏像が広まっていった地域では、どこでもそれぞれ独自の仏像や神像が造られるようになり、そして歳月を重ねていくにつれ、姿形は、その地域の特徴を帯びたパターンのものになっていく。様式化していくと言ってもいい。どこの国、地域でもおおよそそんな進化をしている。

 ところがクメールで造られた彫像は、何故か、そういった様式化の流れを免れ、生身の肉体や表情の姿を写実的に極めていく。はじめてクメールの仏像を目にしたとき、鮮烈な印象を受けました。

 石像が作られた頃の日本は平安時代でした。その頃、近年とみに高い評価を得ている興福寺の阿修羅像が作られている。世界の仏像の中でも、この阿修羅像は、別格というか、特異な存在感があるんじゃないかと思っています。日本の仏像の歴史でも、突然変異のように現れたように思う。

  ちょっと横道に逸れますが、江戸川乱歩の『黒蜥蜴』という小説は、世の中にある美しいものを蒐集するために盗みをはたらく耽美主義的な盗賊が主人公でした。阿修羅像は国宝になっているし、一個人が欲しいと思っても黒蜥蜴でもなければ手に入りません。

 もともと日本の古い仏像はとても高価、というか、すでに収まる所に収まってしまっている。日本のコレクターの人気度では、当然、日本の仏像がトップ、その次に周辺の東アジアの仏像、それにガンダーラの仏像、チベットの仏像などが続く。

 これまで東南アジア圏の仏像には関心が薄かった。でも、この 20 年ぐらいか、東南アジアの仏像について、関心を持つ人たちが増えています。

 

 言葉で表現するのは難しいですが、クメールの初期の仏像と阿修羅像を見比べていると、共通して写実性の中に、なにか清冽なイメージを感受します。現代の文明が作る文物にはない清冽さ。どういうことかと言うと、人類が今よりもっと素直で、純粋だったころの精神の形状で、近世、近代では、死語になってしまったイメージではないか。

 阿修羅像は乾漆造でした。漆を用いる造形の技法は、日本だけのものだとか。なるほど、「世界の仏像の中でも、この阿修羅像は、別格というか、特異な存在感がある」と書きましたが、要は、表現力の問題にとどまらず、製造技術というところに注目すべきなんだな、と思いました。

 きめの細かい砂岩の磨いた表面と乾漆の表面は、光のあたり具合で、金属や木質、岩石とは異なる一種フェチ的な質感を生み出していて、それが鮮烈なイメージを醸し出すのに寄与しているように感じる。

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 薄明かりの石像は、目を開け、生きているようでいて、でも息はしていない。いつ見ても同じ表情なのが奇妙に思えてくる。 静止したまま、匂い立つような、シャープな若々しさを発散し続けている。

 1300 年間、歳をとらず、ずっと同じ表情の瞬間で止まったまま、こんなふうに、ただいたんだな。きみは、昔も今も同じ時間が止まった世界にいるんだな・・・。

 冒頭、ふと目が覚めたと書きましたが、それは、布団の中で寝ていた犬が、夜中、水を飲みにいき、戻ってきて、また布団に潜り込もうと、足でわたしの頭をゴシゴシしたからでした。

 目が覚めてしまい、ふと、布団の中の犬の寝顔を見る。犬って、すごく寝付きがよくて、布団に潜り込むやいなや、もう熟睡してる。鼻筋の通った細面、はて?誰かに似ていたな・・・オードリーヘップバーンのモノクロ写真、こんな顔してたっけ・・・と、とりとめもない夢想に浸っているうち、昼間、誰かが「犬は人間の4倍の早さで歳をとっていくんだよね」と話してたのを思い出す。その言葉、妙に耳に残っていた。

 ・・・こいつは、人間より時間が4倍も速く進む世界にいるんだな。この世にいる時間、そんなにたくさんはない。そんなことを考えていると、仏陀四門出遊の話しみたいな気持ちになっていく。

 時間って、突き詰めると、主観的な現象ですよね?  実は、この宇宙に客観的な時間なんか存在しなくて、本当は今しかないんでしょ。畢竟、自己意識と時間って、同じ現象を別の言い方で言ってるんでしょ?

  石像は時間の止まった世界にいる、犬は4倍速の時間の世界にいる、そして、今、それを寝ぼけ眼で見ている自分が、夢うつつの中で交わっていました。

 

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11 月の香り・・・花梨(カリン)

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 11 月の香りといえば・・・花梨、それから師走になったら柚(ユズ)でしょうか、ついでに年明け 1 月は蠟梅(ロウバイ)。蠟梅は、梅という字が入っているけど、梅とは別の科の植物で、寒入り頃から淡く甘い繊細な香りの花を咲かせます。

 いつ頃からか自分の内では、花梨〜柚〜蠟梅といった冬の香りのコースが出来上がっている。

 カリンは、バラ科ボケ属の落葉樹の果実で、身が詰まっていて重量感があります。中国原産、江戸時代に渡来したといわれている。

 都会では、晩秋から初冬にかけて八百屋さんやスーパーの店頭にカリンの果実が並ぶ。とはいえ、それほど需要がないんでしょう、マイナーな扱いで隅の方に置かれている。

 ときどき、公園や庭に植木として実をつけているのを目にします。今の季節、木の周りに実が落ちていたりする。

 手に持つと、どっしりとした感じ、皮はつるつるしている。果肉は硬く酸味が強く、そのままでは食べられない。ハチミツ漬けにしたり、カリン酒を作ったりしますが、昔からその芳香を楽しむという人も多かった。

 中国では、漢方薬として用いられてきた他、衣類の香りづけや、部屋の飾りとして置いたりしてきたようです。

  香りを言葉で表現するのは難しいですが、清楚、フルーティで優しく滑らかな香りです。 

 

 このところ夕方 5時前には暗くなる。冬至まであとひと月ぐらい、天地の気が弱くなっているのを感じる。そんなとき、カリンの香りは、気分をポップに持ち上げてくれる。それも穏やかに。

 夜、寝る前、枕元にカリンを一個、置いておくだけで、仄かに香りが漂ってきます。  1O日ほど前から、毎晩、こんなふうにして寝ている。深夜、シーンと静まり返ったなか、カリンの香りが流れてきたときのことをよく憶えています。

 この方法は、以前、あまりにいい香りのする花にびっくりして、一枝、持ち帰ったのを踏襲しています。

 それは、文旦(ぶんたん)の花でした。柑橘類の花は、みんないい香りですが、特に文旦の芳香は、極まっているように思っています。

  花の場合は、一輪挿しみたいにして枕元に置いておくのですが、カリンは果実なので、ただゴロンと転がしておくだけでいい。

 それにナチュラルな、生の植物の香りって、とてもいいです。柔らかで、生き生きした香り、もっと多くの人に知ってもらいたい。

 改めて気づいたのですが、カリンの香りは、リンゴの香りにも似ています。リンゴの香りを少しスイートにして、6〜7 月の熟した梅の実の香りをミックスした感じ。

 元来、トロピカルな香りが好きなんですが、カリンのような温帯のフルーティーといった香りもまたいいですね。寒い季節には、そんな静謐な香りの方が合っているような気がしてきました。

 

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高齢者介護施設での香の会

 

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 10 月中旬、秋晴れの水曜日、高齢者介護施設で香の会を行いました。 4年前からボランティア活動として、年に 2〜3回ほど香の会をしてきました。

 今回は、午後2 時から 1 時間の設定で、8種類の香をまわしました。参加される 方々の気力、体力などを考え、1 時間の枠内で収めるようにしています。参加者は14 人、うち 13 人が車椅子を利用されています。

 リハビリルームの一角に、大きなテーブルを2 つ配置し、それぞれのテーブルに介護士の方が一人つきます。

  最初の頃は、香炉を隣りに人にうまく手渡しでまわせるか、途中で飽きてしまう方が出てきたらどうしょう、もっと基本的なことで、そもそも香りに関心もってもらえるだろうか、といろいろ心配しました。  

 でも、何回かやってみると心配は杞憂だということが分かりました。それまで施設の日常生活では、ほとんど喋らなかった方が、ぽつりと「いい香り」と言葉を発してくれたり、それには職員の方もびっくりしたとか、ふと香りにまつわる思い出を話してくれたり、香炉を隣りの人に手渡しすることで、それまで互いに無関心だった方々同士の間でコミュニケーションが生まれたり、とポジティブな手応えがありました。

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 毎回、テーブルに自然の草花を置いています。季節の庭木や雑草を採ってきて、ボウルに生けます。今回は、草花のまわりに色づきはじめた落ち葉、ドングリ、シイノミや柿、石榴の果実なども並べました。  

 会の手順は、まず焚く香の説明から入ります。上の写真のような感じで、 それぞれの香の産地の場所がどこにあるか、黒板に張った手作りの世界地図で解説します。その香が歴史的に、どのように使われたきたかなどの話しもします。  

 ついでに、そのままでも香りのする香は、焚く前に、直に触って匂いを嗅いだりもします。この日は、香以外にも、空き地で採ってきた赤シソの葉、庭のラベンダーの葉の匂いも嗅いでみました。  

 何年かここで香の会をしてきて、嗅覚への刺激が心身のリハビリに役立つのではないか、そんなことを感じています。

 

  この日、焚いた香は、ラベンダー、サンダルウッド/白檀、スウィートグラス、フランキンセンス/乳香、アラビアの香(ドバイ)、伽羅、ローズダマスク(バラ)、ミルラでした。

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 ちょっとしたエピソードを紹介します。4 番目に焚いたフランキンセンス(乳香)のときでした。フランキンセンスは木の樹脂です。この日は、それまで花穂、香木、葉といった比較的マイルドな素材を焚いてきましたが、樹脂の香りになり、香りの強さがぐんとアップしました。

 離れた所からも、すぐにその変化が感じられたようで、所々から「香りが強くなった」と声が上がりました。こんな感覚の変化、香りの違いを見つけるのも楽しみのひとつです。  

 次にミルラをまわしました。ミルラも樹脂で、基本的にビターな香りなのですが、仄かな甘さもあります。「甘い香りがするでしょうか?」と聞いてみました。  

 すぐに一人の方が「はい!」と小さく呟きました。 思わず介護士さんから「(分かって)よかった!」と相槌の声。というのは、ミルラの甘さは、香りの奥の方に隠れているので、気づかないこともあるからです。  

 「甘み?」と、聞き返す方もいる。どうも、よく分からないような様子。  横から、また別の方が「焚いたとき最初に出ていた香りと、後になって出てきた香りは、違うんでしょうか?」といったコメント。  

 「だんだんとマイルドな香りになっていくみたい」といった感想を述べる方もいる。  香りがだんだんマイルドになっていくってことは、別の言い方をすると、奥の方で仄かな甘さを感じるってことだと理解しています。  

 こんな感じで、香りから、そのときの感覚を振り返り、反芻したり、あるいは、どんなふうに感じたか、他の方と会話が生まれたり、そんな話しを聞くのは、とっても勉強になっています。

 

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翡翠(ひすい)の緑

 

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 ロシアの翡翠。鮮やかで瑞々しい緑色が目に流れ込んでくる。柑橘類や椿の新葉のような緑色、こういう石、他にあるだろうか。

 緑色の石というと、蛍石マラカイト(孔雀石)、クリスプレーズ(緑玉髄)が思い浮かびますが、上の翡翠のような彩度、明るいトーン、透き通った、光沢のある照(てり)、それに艶々感はない。ふと、エメラルドを連想した。エメラルドの緑は僅かに青が入っていますが。

 近年、ミャンマー翡翠をよく見かける。総じて、沈んだ色、澱んだ、地味な色のものが多いように感じている。ミャンマー産でも、高いクオリティのものと出会ってないから、こんな印象を持っているのかもしれませんが。

  高麗青磁の釉色を翡色(秘色)と言って讃える人がいました。いましたと、過去形なのは、昭和初期から戦後にかけての古美術の本を読んでいると、そんな記述をよく目にするからです。

 翡色は、翡翠の色に由来しているのですが、中国・朝鮮の伝統文化のフィルターが濃厚にかかっている色です。山奥の沼の淵のような深い色というか、墨の入った沈んだ青緑色。

 この色を再現するため一生を賭けた陶工の話しとか、この色の焼物を生涯、探し求めた骨董コレクターの話しとか、 翡色に憑かれた人たちのマニアックな逸話があります。

 わたしの中では、ミャンマー翡翠は、翡色系というイメージなのですが、どうも辛気くさいというか、それほどは惹かれない。

 もしかしたら、翡色の良さというものは、客観的なものではなく、主観的なもの、歳をとると分かってくるようなものかも、と思っています。

 

 中国では、美しい翡翠を琅玕(ろうかん)と呼んできました。色は緑の中でも黄緑に近い青竹色を中心に、半透明で、油を流したような、トロリとした質感の翡翠のことです。

 少し話しが逸れますが、どうも物体のトロリ感という感触に、中国の人たちはフェチ的な魅力を感じているようで、有名な和田(ホータン)玉をはじめ、中国で古来から現代まで連綿と続いている玉器文化の核心は、このあたりにあるように思えます。

 青竹色の翡翠を中国の人たちは一番に推しています。そういえば、欧米では、翡翠の色の美しさをアップルグリーンとか、インペリアルグリーンと評していますが、青竹色はアップルググリーンと近いので、まあ、世界基準のような大方の評価はそのあたりにあるのかもしれません。

 先日、テレビで中国の高官が不正蓄財で失脚したというニュースを観ました。中国国内で放送された番組の一部でしたが、その中でチラリと、貯めこんでいた品々を映した場面があって、翡翠を彫った宝飾品も出てきました。当然というか、青竹色をしていたのに気づきました。

 しかし、個人的な好みで言えば、青竹色の翡翠は清々しいけど淡白、ちょっと弱いかな。「緑の宝玉、すだちのパワー」・・・これは JA 徳島の特産品、酢橘(すだち)の宣伝コピーですが、ロシアの翡翠はまさにこんな感じで、こっちの方が魅力的。

  わたしがアマノジャクだから大方と反対のこと言ってるんでしょうか?  でも、大方の人たち、ロシアの翡翠の色を知らないから、そんな評価してるんじゃないかとも思っている。

 というのは、上質の翡翠の産地は、地球上で数えるほどしかなく、有名な産地は、ミャンマーグアテマラぐらいで、ロシアの翡翠はあまり知られておらず、流通量も少ないからです。

  エメラルドと張り合うような翡翠もあるってこと、ここだけの秘密。・・・秘密の味は、蜜の味でしたか、みんなが知ってるっていうよりも誰も知らないって方が甘美な感じでいいですね。

  一昨年、上野の国立博物館故宮博物院の「翠玉白菜」が展示されました。翡翠の彫刻で、虫がとまった白菜をリアルに細密に作っている。すごい人気で、2〜3時間並んでやっと見れました。今、想い出すと、待ちくたびれたのと、現物は思っていたより小さかった、そんなことが記憶に残っています。

 そうそう、白菜の葉の緑色の部分が水晶やガラスのような質感で、ロシアの翡翠と同じような色が出ていました。「翠玉白菜」は清朝の時代、雲南からミャンマー(正確な産地は分かっていないとか)で採掘した翡翠を彫ったものなので、ミャンマー翡翠の中には、ロシアのものと同じようなものがあるはずです。

 

  9 月 24 日、日本鉱物科学会が「日本の石」として翡翠(ひすい)を選んだというニュースがありました。これまでは衆目、日本の石といえば水晶で通っていたので、少し意外でした。      

 この選定については、異論もあるようですが、鉱物科学という視点では、日本列島のプレートテクトニクス説から翡翠の生成が説明されているので、そういう選定もありなのかな、と思いつつ、縄文時代の話しを持ち出しているところなど、ちよっと苦しいかな・・・でもこの話しは、これぐらいで。

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 上の写真は、糸魚川市青海の翡翠糸魚川翡翠では、まあまあのものだと思っています。 冒頭のロシアの原石は磨いたもので、こちらは、そのままの原石なので、その分差し引いて見なければならないですが、それでも段違いな感じがします。

 翡翠にはいろいろな色があって、いちばん多いのは白、漂白剤で真っ白になったような白で、よく河原にある白い石と見間違えそうな、でも普通の石よりも少し重いので分かりますが、そん翡翠もあります。糸魚川翡翠では、白の他、黒っぽいもの、緑系、青系、ラベンダー色のものがあります。

 ラベンダー色の翡翠がいいという人もけっこういます。確かにきれいな色で、フェミニンな雰囲気、アメリカのユタ州で採れるティファニーストーンと呼ばれている石に似てます。

 

 ところで、新潟の翡翠なんだなと思いながら眺めていると、なんか身近な、親しみが芽生えてきて、これはこれでいいなと、味わいがあるというんでしょうか、だんだん良く見えてきます。穏やかな緑、優しい緑もまたいい。

 ふと、ロシアの翡翠を見直すと、凄く美しいですが、それが極まりすぎて、エキセントリックというか、ミュータント的というか、非人間的な存在に見えてきて・・・う〜ん、変ですね、最初はベタ誉めしてたのに、文末近くなってきて、自分で言ってること変わってる。

 結局、翡翠といっても、いろいろあって、それぞれの良さを楽しめればいいんだな、と思う次第です。

 

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キエフ公国の十字架

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 この夏の開眼・・・ちょっと大げさかもしれませんが。

 8月はじめの日曜日の朝、骨董市に出かけました。真夏日、地下鉄の出口から会場まで歩く途中でもう汗が流れ落ちます。この日のお目当てはウクライナで出土した11 〜 12 世紀の十字架、少し前、別の骨董市の会場でちらりと見かけ気になっていた。

 会場に着いてお店はすぐに見つかりました。店主さんに声をかけると、箱の中からビニールの袋を取り出して、中に入っていた小さな十字架を十数点、テーブルに並べてくれました。

 発掘品の青銅の十字架で表面は青錆に覆われていますが、長い年月、地中にあったにもかかわらず形状は崩れていない。

 

 見た瞬間、目に入ってきたのが上の写真の十字架。今、振り返ると自分でも不思議なぐらいコンマ1 秒もないぐらいの瞬間。 いきなり直球勝負でした。十数点を見比べたのではなく、即、これ!と、最初から決まっていたみたいな感じでした。

 それは、構成要素の部分、部分を観察したり、見比べるような分析的思考ではなく、瞬間的に全体を感じる統合的思考つまり直観ってことだったように思います。

 炎天下の強い日差しで、視覚の彩度感知力が異常にアップしてたのでしょうか、4 センチほどの小さな十字架ですが、光沢のある青い玉が5つちりばめられ、四方に金色の帯が光っている。 室内で撮った写真は、背景が真っ白ということもあり、どうも感じが違って見えてしまうのが残念。

 発掘品で土が付いているので、室内照明の下だとこういった色彩、見過ごしてしまうかもしれません。

 十字形の装飾された形状と、ガラス質のヌルっとした青、古色の鈍い金色。フォルムと色が一体になった存在、何て言えばいいのでしょうか、直観的に他のものとは別格の完璧な存在に感じられました。

 

  アンティークの十字架のコレクターがいるのは知っています。しかし、わたしには、あまり関心がありませんでした。

 2 年ほど前から、世界各地の古代の遺物を集めはじめ、そんな流れで骨董の店や市を覗いたりしていた。アンティークって、だいたい100年ぐらい経ったもののことを言うのですが、わたしが夢中になったのは、千年、二千年から新石器時代ぐらい前のもので、フランスやヨーロッパ各地のアンティークの十字架を見かけても、なんか新しすぎて(?)食手が動かなかった。

 でも、この十字架は、そういう目とはまた違った、直観的に惹かれる何かがありました。

 

  この十字架の上の方には、ペンダントを吊るすためのような輪がついている。調べると、当時、キリスト教文化圏では、エンコルピア(エンコルピオン)と呼ばれる、小さな十字架を鎖につないでネックレスのように吊るす様式が流行していたことが分かりました。

 青色と黄色はエナメル細工で、ビザンチン美術の宝飾品に用いられた様式です。

 ウクライナキエフは、中世のキエフ・ルーシー(キエフ公国)の首都で、東ヨーロッパ有数の世界都市として繁栄していました。ロシアという名は、キエフ・ルーシーのルーシーに由来しているそうで、歴史的には、現在のウクライナから枝分かれして出来た分家の国家がロシアということになっています。

 10 〜13 世紀頃、キエフ・ルーシーの職人たちは、その頃のヨーロッパでトップクラスの装身具製造技術を誇っていたとか。

 

   犬も歩けば棒にあたるというか、もともと質素な生活をしている自分のような者でも、好奇心の持ち方次第で、いろんなものと出会えるんですね。

 そうでした、開眼の話し・・・上に書いたような最初の直観、あたかも対象物(十字架)が向こうから自分の心というか魂に飛び込んできたように感じたあのときのインパクト、その感覚のことを別の言い方をすると開眼といえるのではないか、そんなふうに思っています。(この話しは続きます)

 

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江戸の石仏、見て歩き

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 以前、浅草を中心に向島、上野、千住、谷中界隈をよく歩きました。

 東京の下町を歩き回って感じたことですが、思っていたほどには昔の建物がありません。調べると、1923 年の関東大震災と1945年3 月10日の大空襲の二つの大惨事、さらに戦後の高度成長とバブル期を経て、江戸時代から明治、大正、昭和はじめの街並は大方、なくなっていることが分かりました。

 それでも、あちこち散策していると、古い時代の名残、雰囲気の残っている一角も僅かにあって、そんな神社仏閣を見つけると、なにかとても貴重な新発見したような気持ちになった。

 

  境内の片隅に江戸時代の石仏やお地蔵さんが並んでいる寺もあり、なんとなく気になっていた。多くは、目立たない場所に、忘れ去られたように置かれている。

 気になったというのは、素朴な作りの石仏がとても柔和な、清らかな表情をしているのに惹かれたわけです。

 写真は、ともに如意輪観音といわれる石仏で、「 半跏 」といって右脚を立て、右手を頬にあてたポーズ(これを「思惟」といってます)をしていることから半跏思惟像と呼ばれています。これらの石仏は、江戸時代の享保の頃、だいたい300 年ぐらい前に作られている。

 美術史の本を読むと、日本の仏像で高く評価されているのは、主に木造(木彫り)です。また、仏像の歴史を通観すると秀でた仏像は平安、鎌倉時代までで、江戸期は、すでに全盛期をすぎていて、型にはまった生命力の弱いものが多いといわれています。

 公(おおやけ)の評価は、こんな感じですが、こちらは門外漢ですし、我流の目からそれとは別の見方をしています。

 

 如意輪観音という石仏は、江戸時代も中頃になって、経済的な力をつけてきた町人の、特に女性の墓標として当時流行したそうです。そのあたり、野仏とは趣が異なります。

 名のある仏師がひとつひとつ作ったものではなく、無名の石工(職人)さんたちがたくさんの石仏を量産している。

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 この石仏のお顔は、よく観音様といってイメージする仏とはだいぶ違います。面長のうりざね顔、切れ長の目・・・浮世絵や錦絵の美人画を彷彿とさせる。

 そういえば、喜多川歌麿の「寛政三美人」の中のひとり、当時、江戸で一番人気だったおきたさんに鼻、眉、口元などよく似ています(上の写真は、「寛政三美人」に描かれたおきたさん。実在の女性です)。

 察するに、そんな容姿は、注文主の意向というか、好みを反映していたのかも。注文主は、貴族や武家、僧侶ではなく町民、いわば庶民でした。武士や僧侶は、身分、家柄、伝統や格式みたいなものに縛られて、そんなに自由な発想を持てなかったと思う。庶民だからこそ素直に自分たちの好みを選べたのではないでしょうか。

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  こういった背景を考えると、石仏といっても、仏教や宗教の世界からの目とはまた違った目で見ることもできるように思えます。

 石仏は、季節、季節、違った表情を見せてくれます。梅雨のころ、石仏を覆った苔が雨に濡れ深緑色に染まった姿も、真夏の夕暮れ、雑草に覆われ葉の隙間から垣間見る姿も、大寒の早朝、朝日の射した姿を拝するのも、春夏秋冬それぞれ違った姿を見せてくれます。

 博物館で鑑賞するのとは違い、気兼ねなく一人だけで間近に見れる。

 わたしは、木漏れ日の射した如意輪観音の横顔が好きです。木や銅で作られた仏像に日が当たるのとは違った、石の彫り、石の肌ならではの、沈思黙考の鎮まりに惹かれます。

 触ることもできる。彫刻って感触で感じるということもありなんですね。木陰で腰を下ろしながら眺めたりすることもできる。そんな自由さも気に入っています。

 

 ◎(最初の2枚)谷中の玉林寺・・・地下鉄「根津」駅から言問通りの坂を上る途中にある。本堂の裏手の傾斜地に樹齢700年のスダジイの古木があります。この裏手の一角は、そんなに広くはない敷地ですが、東京の中心部としては奇跡的に鬱蒼とした森が残っていました。

 石仏は、本堂裏手の傾斜地の階段に沿って並んでいます。ここに行く通路、時により閉まっていることもあり、そのときはお寺に声をかけてみてください。

 

 ◎(後の2枚)茗荷谷深光寺・・・地下鉄「茗荷谷」駅から歩いて3〜4分ほど。駅から坂を下った、ちょうど拓殖大学の正門の真向かいにあるお寺。この寺には、江戸時代のキリシタン燈籠が遺っていました。そういえばキリシタン屋敷跡もこの近く、なにか関係してたんでしょうか?。

 石仏は、寺の入り口の階段から脇に逸れた傾斜地に並んでいます。そのあたり薮(やぶ)になっていて、落ち葉や雑草の生えている土の地面で歩きづらいかもしれません。

 

 ここでとりあげた二カ所のお寺以外にも、石仏のある寺はたくさんあるので、散策してみると楽しいです。

 

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