ガザニアの花から横道に逸れて・・・

 ガザニアの花。例の弦巻のコンビニで野菜のアイスプラントを買ったとき、向かいの棚に並んでいた鉢が目に入った。やっぱり第一印象が大きい・・・輪郭が異様にくっきりした花、なんか気になり一緒に持ち帰ってきた。

 写真だとなんかチープな造花っぽく、人を幻惑させる生花のリアリティが欠けてしまっているのが残念。女優の人で、写真・画像ではそれなりに見えるぐらいでも、生身の現物(?)を目にすると、異星人としか思えないような人がいる。

 南アフリカ原産のキク科の植物で、これは園芸品種。和名はクンショウギク、誰が名付けたのか勲章の旭日章に似てなくもない。ついでにマケドニアの国旗もそうかな。

 見比べると配色は、シルクドソレイユの衣装を彷彿とさせるガザニアの方が勲章よりもゴージャス。日本の植物の花は、丸っぽい花弁が多いけどガザニアの花弁は鋭角的で、セルロイドの造花のようにも見える。

 見慣れないものを目にしたときの「!」という驚き、ガザニアの花にはそれがありました。それにしても、ビニールポットの鉢で110円と安い。

 

 なるほどね、急に大上段な話になりますが、「美」について思い浮かんだ。「美」って言葉は、まず最初に、自分でもよく分からない、言葉にならない精神的インパクトというか一種の感動があって、それがなんかの出逢いで突然、起きたとき、遡及して、それを生起させた対象につけた言葉、形容詞なのではないか。

 だから原点は、自分の中でそんな情動が起きたか、起こらないかったというところにある。つまり直感の働き。

 110円でこんなにビックリするなんて、妙なもんです。お金の価値とは、無関係なところが小気味いい。

 

 日当たりのいい場所に鉢を置いていたら、次々に新しい花が出てくる。 その日の天気により、日光に反応して花がパラソルのように開いたり、閉じたりする。動く植物、ちょっと奇妙です。

 このところ連日の酷暑にアジサイの葉は、しなだれている。一方、ガザニアの葉には、酷暑が心地いいようで、元気一杯といった感じで繁っている。葉の勢いからして、ガザニアは原産地では雑草なのではないか。

 植物好きの友人に聞いたら、東伊豆の大室山の近くに住んでいる人ですが、近所でガザニアが増えているとか。 あそこは休火山で、道端の岩の隙間にガザニアが増殖し、何十と花が咲いていると言っていた。

 

 どうやら外来の雑草と見ることもできるようです。・・・そういえば、家のまわりに見慣れない雑草が繁殖しているのが気になっていた。昔は、こんな雑草、なかったのに。

 小さな葉、小さな花、よく見るとけっこうきれい。でも、あまりに小さいので、誰も気にしていない。これは外来種ツタバウンラン(写真・左)という観葉植物でした。日陰でも、ブロック塀の隙間でも、舗装された道路の縁でも、這うように茎を伸ばしている。それからヒメツルソバ(写真・右)、これも同様に道端に広がっている。

 ともに繁殖力が旺盛で、土がなくても育つので、都市の舗装された場所にうまく適応している。

 

 近くの公園にはグリーンの鳥、ワカケホンセイインコが群れをなしている。

 以前から近所に、タヌキ、ハクビシンはいたが、最近、アライグマとアナグマが現れた。このあたりでは、観葉植物やペットだった動物が生息圏を広げている。

 かっては、食用のため、あるいは毛皮を取るために移入し、養殖していた魚や動物、鳥が野生化したケースが多かったが、平成ぐらいからペットが放されたか逃げ出し、野生化している。 

 ヌートリアが西日本から東進してきて浜松あたりまで来ている、房総半島のキョンが北関東に向かっている、鎌倉ではタイワンリスが跋扈しているとか、自分としてはワクワクしている。・・・ああ、農業や住環境のような社会的な問題は捨象した夏至の夜の夢、シャガールの絵のような人獣同衾世界に遊んでるんですが。

 

 それにしても、まだ6月でしょ、連日、35度を越えている。コロナでまる二年蟄居のうえ、これじゃあ日本の梅雨の風情、まるでない。

 そんなことにクサクサしていると、ワカケホンセイインコの笛みたいな、ウシガエルの船の汽笛みたいな、コジュケイの人の喋り言葉みたいな鳴き声、みんな外来種で、鳴き声が耳につき、だんだん疎ましくなっている。態度だデカイ、じゃなくて声がデカイ。・・・いつの間にか、ワクワクしてると書いていたのと反対のことを言い出してる。

 コイは実勢、外来種のようだし、哺乳類でも人間については在来種とかそんなこと誰も言ったりしない、気候からして亜熱帯化している。・・・書いている途中、梅雨明け宣言があった。観測史上、最も短い梅雨だったとか。

 地曳き網でブラックバスを獲るイベントを観光の新しい目玉にする・・・長野の木崎湖でやってるそうですが、低成長・コロナ禍のご時世、それが地元経済を潤すならば、外来種とかそんなこと言ってらんない。

 

 著しく目立つ奴ーーそれがハクビシンなのか、キョンなのかーーは、出た杭は打たれるでしょうがないでしょうが、現実的には問題を先送りにしてくってことではないか。

 無作為というよりも不作為。気持ち的に、動物側に味方してるので、こんなこと言っている。

 今から60数年前に出版された本を読んでいると、この日本の国土に8700万人の日本人が暮らしていると、人口過剰のような言い方で書かれている。でも、当時の人口は、現在の人口の約7割だった。辻政信『次の世界大戦』(昭和30年発行)・・・変な本です。

 著者は、毀誉褒貶の絶えない元軍人だった人。この人の頭の中では、戦後、海外領土を失った日本の国土に8700万人の人口は多すぎると思ってたんですね。

 現在、将来の人口減少を憂慮する雰囲気があるけど、別に、たいしたことでもないんじゃないの? この60年間が人口のバブルだったってことでしょ。生産力や経済力と人口は関係ないーーこれからはそんな世界になるのではないか。

 それより出自はペットであろうと、いろんな野生動物が増えたら楽しいんじゃないか。

 

 いまイギリスは大変なインフレだそうで、テレビを見ていたらフィッシュアンドチップスが、日本円で1700円だとか。円安もあるんでしょうが、えーって感じです。

 タラの大きな切り身の塊を揚げたのが入った包み、新聞紙を折って作った大きなカップでしたが、一緒に大きなフライドポテトが詰め込まれていた。タラもポテトも容器もみんな大きいってのが特徴。

 ホクホク、サクッとしたタラのフライにあら塩をふり食べる。素材のシンプルな味・・・タラの味の直球勝負って感じ、ドーンとしたボリューム、いまも覚えている。

 あれは、ずいぶん前でしたが、確か5〜600円じゃなかったか(うろ覚え)。1700円って信じらない。一体、どうなっちゃってるのか。

 そういえば、スリランカも、5月の消費者物価が45.3パーセント上がったとか。スリランカは、いろんなフルーツがあって、よく路上に並べて売ってる人がいた。

 農園で作ってるようには思えない、不揃いな、近くに生えている木からもいできたような果実。でも、自然のフルーツって、これなんだなと開眼したのを覚えている。内戦の末期のことで、それ以前から現在に至るまで混乱が延々、常態化している。

 

 コロナのバンデミックとロシアのウクライナ戦争は、互いに一応、無関係な出来事ながら、世界中で連鎖的な負の合力になっている。「一応、無関係」と書いてるけど、コロナが健康状態に問題のあったプーチン個人のマインドに影響を与えてたようなので無関係でもないのですが。

 これが21世紀のトレンド? ってことは、未来は「夢のあと」みたいな世界が現れるんでしょうか。ああ、夢の跡ではなくて、夢の後。

 

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You Tubeの脱兎とモナカのおもしろ話し 浅草探検『塔と異界』前編

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世界で二番目に美しい植物

 弦巻の八百屋さんによくいく。コンビニの敷地の中、駐車場の脇にあるテント村ふうの露店、そこが御目当ての八百屋さん。日によって、珍しい野菜が並んでいたり、法外に安かったりと面白く、つい覗いてしまう。

 そこで見つけたアイスプラントという野菜、マット感のあるグリーンの菜っ葉といった感じ。千葉県産と書いてある。

 茎から葉の裏にかけて透明な結晶(?)がたくさん付いている・・・えーっ! 樅(モミ)の木の樹脂は透明だったけど、透明な組織の植物もあるんだろうか。光に当たるとキラキラ輝いている。

 粒は氷のようにも見え、英語の名称アイスプラントはそこからつけられたとか。こんな野菜というか植物、初めて見た。

 調べると、学名は Mesembryanthemum crystallinum。クリスタリナムは、クリスタル(水晶)みたいに見えることから付けられた名称・・・やっぱり、見た目のインパクトが大きい。

 神岡鉱山の水晶で表面を小さなアポフィライト(魚眼石)結晶が覆っているものがある。そう、あんな感じ。

 

 即決で、アイスプラントを世界で二番目に美しい植物と認定(?)。一番目はサルヴィア・ディビノルム、この植物については、そのうち書きます。

 世界一美しい昆虫については、過去のブログに書いている。まあ、勝手に言ってるだけなのですが。

 美しいといっても、植物だと、薔薇や蘭のような花なのか、レバノン杉やバオバプのような木なのか、古木、大木、はたまたサボテン、盆栽、見渡す限りの小麦畑や瑞穂(水田)、棚田はと話が複雑になっていく。なので、その辺りのことは端折って、直感的に美しいと思ったわけです。

 ・・・う~ん、結果的に、選んでいる昆虫や今回のアイスプラントは、宝石みたいなところがポイントのように思えてきた。スピリチュアルな美というか、姿形のない、具象性のない事象。

 

  アイスプラントの原産地は、アフリカ南部のナミブ砂漠。「ナミブ」って現地の言葉で「何もない」という意味だとか。月の表面みたいな所というか、亜熱帯の乾燥地帯で動植物が生きていくのには困難な環境だということ、伝わってくる。

 いまの梅雨間近の日本だと、どこでも雑草が次々と生えてきて、ヤブ蚊、小さな羽虫、それに湿気で苔やカビが生えてくる。近所の宅地跡で整地したばかりの更地、10日も経つと雑草だらけになっている。豊葦原の瑞穂の国ってのは、こういう風土なんだなと、砂漠とは対極的です。

 ナミブ砂漠には和名で「奇想天外」( ウェルウィッチア)という植物が生えていて、見学ツアーもあって観光資源になっている。誰がそんな名前つけのか、どうしたって見たくなる。

 アイスプラントはサボテンと同じ多肉植物で体に水分を蓄え、砂漠の環境に適応している。水は大西洋からくる海風の僅かな水気によって生きている。さらに植物にとって厄介なのは、海風なので塩分が含まれていることだ。

 塩分濃度の高い土壌に適応するため根から吸収したナトリウム(塩化ナトリウム=塩) を分離し溜めておくブラッター細胞と呼ばれる組織がある。キラキラした透明な粒がブラッター細胞です。

 横道に逸れますが、自然界には透明な塩の結晶がある。塩といっても食塩のような白い粉粒ではなく、透き通った立方体の結晶の鉱物。けっこう美しい。要は、岩塩なのですが、でも、例えばヒマラヤの不透明で暖色系の色のついた岩盤片といったものと異なり、アメリカの砂漠からは人工的な結晶と見紛うようなものが採れる。

 アイスプラントは、いわば植物と鉱物が合体したトランスフォーマー生命体なんですね。

 

 この野菜はサラダがいい。癖のない味でトマトやキュウリなど他の野菜と合う。他の味とうまく調和している。パスタやスープの具でもいいですが、肉厚なシャキシャキ感がサラダにピッタリ。薄い塩味が感じられる。

 また、ずっと置いたままにしていても、他の葉野菜のように萎びない、腐食しない。栽培が容易なのか、そんなに高くない(1パック100円ちょっと)。

 気がつくと近所の商店街の八百屋さんにも並んでいた。ということでは、自分が知らなかっただけで、そんなに珍しい野菜でもないようです。

 

 そういえば、弦巻の八百屋さんですが、小さなスペースの園芸コナーもある。 そこに、やけにくっきりした(?)花の鉢が並んでいた。花の輪郭がはっきりしすぎている(日本の花との比較して)・・・妙な言い方ですが。バスキアの絵の原イメージのような花(と思った)。

 ガザニアという植物で、南アフリカ原産、値段は100円ちょっと。原産地がアイスプラントと同じアフリカ南部、値段も同じ100円(ちょっと)とシンクロしていて、俄然、マイブーム的な関心が沸き起こる。次回は、ガザニアの話しということで。

 

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YouTubeの雑談です・・・「脱兎とモナカのおもしろ話し」

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横井也有と江戸時代の変人、奇人

 葛飾北斎富嶽三十六景、「尾州不二見原」。名古屋の前津から見た富士山。

 桶のタガの中に富士といったユニークな構図、のぞきからくりのような遊び心が面白い。

 江戸時代、同じ前津の地から山を眺めていた変わり者がいた。北斎よりも少し前、横井也有という人で、こんな逸話がある。

 住まいの草庵から東の方向に山が見える。そこで眺望のための窓を設けた・・・どんな窓かは知りませんが、文人趣味の人なので、丸窓なんかを想像している。

 変なのは、その窓には鍵が降ろされていたことだ。これでは外の景色が見えない。

 疑問に思った人がその理由を尋ねたところ、也有はこう答えた。

 ・・・どんなによい景色でも、目に慣れてしまったら面白味がない。だから、たまに窓を開けるようにして、いつもは塞いでいる。

 

 横井也有尾張藩の要職に就いていたが、官職が性に合わなかったようで病を理由に早々と隠居、城下町郊外の前津に草庵を結び俳文、和歌、狂歌、書画、茶道、琵琶を奏で暮らした。

 現役時代はとくに何事もなく地味、晩年の道楽(?)に耽っていた生き様が何百年も語り継がれるって、妙な感じですね。 晩年、といっても30年あまり、出仕していた年月より長かった。

 窓のエピソードは趣味人、いわば数奇者なので、ふつうの人とズレたところがあるにしても、この人の場合、「ふつうの数奇者」(?)ともズレている。

 人と、世間といってもいいですが、180度反対に留まらず、そこからさらに180度反対で、360度まわり、元に戻ってきてしまう。裏の裏だから表になる。

 こういう発想って、数奇や風雅を極めてそこに至ったというよりも、個人の持って生まれた気質、性格に由来しているのではないか。天邪鬼(あまのじゃく)を二乗したような人。成ろうとして成れるものではない狭き門だ。 

 

  名古屋の地はよく知らない。調べると、現在の前津は名古屋市中心部の市街地のようです。日本の都市の景観はどこも似たり寄ったりなので、だいたいのイメージはつく。当時は緑豊かな名勝地だった・・・まあ、そのころは日本全国、江戸も、例えば根岸の里も墨堤の向島も、王子も目黒もどこもそんな感じだったのですが。

 也有の草庵から見えた山、名古屋から東といえば、富士山だろうか。前津には富士見原という地名があるようで、現在は、名古屋市中区富士見町になっている。富士山が眺望できたことに由来する地名だ。

 名古屋から富士山までの距離は170キロぐらい。宇都宮から富士山が同じぐらいの距離で、かなり小さいにしても見えないことはない。

 しかし、地図だと三河の山々がついたてのように遮っている。前津から見えた富士山は、南アルプス聖岳(3013メートル)を誤認していたという説もあるとか。・・・詮索しても、結局、行ったことのない土地の話し、自分の目しか信じない性分なので、よく分からない。

 ところで、北関東の新4号線、春日部あたりから見る富士山は絶景です。富士山からの距離、それと方角の関係から丹沢山地奥多摩山地の隙間から見ることになる。山の多い日本で、遠くから裾野まで全景が見える場所、ここだけでしかない。

 江戸時代は変人、奇人を輩出した時代だった。『近世畸人伝』(伴蒿蹊)には、そんな人たちが紹介されている。上の画は、丸窓の中の月。北斎の浮世絵にある桶のタガとこの丸窓、似ていますね。

 後ろ姿で月を眺めているのは湧蓮という坊さん、生涯なにも蓄えず、念仏と和歌を詠み、その和歌も書き遺さなかったという人。肖像画が残っているわけでもなく、描かれているのは後姿。

 近世250年以上、鎖国していた島国、人々は変化の少ない、時間のゆっくり流れる世界に生きていた。江戸時代のかわら版、今だと新聞の号外ってことになるのですが、報じられていた事件は、火事、地震、敵討ち、心中、妖怪・怪獣の出現・・・ずっとそんな世界が続いていた。

 鎖国で、そして泰平の世で、磐石の身分制度の下、閉じられた世界が延々と続く。そんな環境が、変人、奇人たちの出現を促した。

 ある一個人が閉じられた世界を乗り超えようとした生き様が変人、奇人だったのではないか。世の中が変わらないとき、自分が変わることで世界を変える、そんな現象だったと思っている。

 それは個人だけでなく、文化的にも起きていた。いわば文化のガラパゴス化というか、少なからぬ人々が妙なことに夢中になっていた。

 巷では、言葉遊びやナゾナゾを作っては批評しあっていた・・・世界で最も短い定型詩(俳句、川柳)のことですが。 世界各地の演劇の歴史で、その国を代表する演劇が人間ではなく人形の芝居(文楽人形浄瑠璃)だったのは江戸時代中期の日本だけだし、人も住めない小さく狭い家に集まっては、無言でお茶を飲んでいた(茶道)とか。樹木に傷をつけたり、成長を阻害して矮小化させ観賞していた(盆栽)とか。そういうのが特殊な例外ではなく、市井に広まっていたことに、変だなーと思うわけです。 

 奇天烈なところでは、雲茶会や耽奇会みたいなサークル、千住の酒合戦、 犬の伊勢参りとか平賀源内の「放屁論」とか、全国各地に変な話しがたくさんある。

 

 『ビョークが行く』(エヴェリン・マクドネル) に、日本の文化のピークは江戸時代だったという指摘がありました。ビョークアイスランドの歌手、あんまり関係ない話ですが、この人、日本人っぽい容貌している。

 明治の文明開化からはじまる、欧米文化の影響を受けた日本ではない、日本固有の文化のピークは鎖国の時代だったというビョークの見識、当たっている。

 鎌倉時代ごろまでは中国文化の影響が濃かった。それが戦国時代に自壊というかご破算になり、リセットされた後、江戸時代になって固有の文化といえるもの、つまり町人文化=大衆文化が生まれた。武家の文化も公家の文化もそれに比べると影が薄い。

 いま日本の伝統文化といわれているものは、ほぼ全て江戸時代に確立されている。

 結局、何百年かの平穏、時間的余裕がないと、醸成されないと固有のものって形にならないんだと思う。

 

 そういえば、中国の文化のピークは宋の時代(960~1279)だったといわれている。 漢字の文芸は、詰まるところ唐詩宋詞に尽きる。工芸文化は宋磁に尽きる。歴史を通して、その時代に作られた詩文や陶磁を超えるものが以後、現れていない。

 約800年前の南宋の茶碗は、現代人の目から見て、付け足すものが何もない。省くものが何もない。それが完成形ということだと思う。つまり時代を超えている。

 また、北宋の蘇東坡を読んでいると、仕事、家計、暮らし、料理、旅、人間関係・・・いまの自分たちと同じ感覚で生きていたのを感じる。人間という種が社会的動物である限り、未来のいつか資本主義がなくなっても、あるいは国家がなくなっても、この感覚は1000年後の人にも通じるのではないか。ということでは、時代を超えている。

 

 漢から清までの陶磁器を見比べると、宋の時代がピークだったことは自分の目で確かめられる。本に、教科書に、辞典にそう書いてあるから、そうだと言ってるんじゃないんです。自分の目で確かめたことを基にした言葉でなければ、本当という言葉は使えないのでないか。

 別に大仰なことを言ってるのではない。出土品でいいので比較的状態のいいものを、要は、古陶はタイムカプセルだってことで、自分の手元に置いて朝晩、眺めて、触っていれば気づくことだからです。

 宋以降は、元や清のような他民族の支配を受け、中国固有の文化は歪められ、現在に至る。・・・ハイブリッドの方がいい、少なくとも異なるものとの融合によって普遍性は生じるという見方もあるので、あんまり固有性にこだわり過ぎるのも変でしょうか・・・ああ、そういう変なところが日本の日本たる由縁ってことか。

 

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今度はツグミがやってきた

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 前回、2月の下旬、ジョウビタキが来たあと、3月のはじめツグミが現れた。ともに秋、シベリア方面から日本に渡ってきて山野にいたのが、冬も終盤、山の餌が少なくなると平地に移動してくる。

 ジョウビタキツグミに春を感じる。壺中天の中に春が飛び込んできた。一般的には冬鳥ですが、東京に住んでいる自分の日常の中に現れるのはこの時期だけなので春の証になっている。ちょうど川津桜から蕗の薹(フキノトウ)が出てくるころと対応している。

 そういえば、江戸時代には、ホトトギスの初鳴きを聞いたってことが風流自慢になっていたとか。夏、ホトトギスと言うぐらいなので、初夏、見栄っ張りの江戸っ子の間で、誰が最初に初鳴きを聞いたか競っていたようです。どうも自分の感性は江戸時代あたりで止まっているような気がしている。

 

 ツグミは地面をピョンピョン跳ねるようにせわしなく動き回り、土の中の小さな虫を啄ばんでいる。少し前まで冬枯れの地面、生き物の兆候がなかったのに、地表がぬくんできたのか、よく見つけるものだ・・・そうか、これが啓蟄(冬籠りの虫が這い出てくる時期)ってことか。う~ん、ちょっと出来すぎのようですが、ミミズを捕まえてるのを見て納得。

 

 一見、ヒヨドリに似ているが、羽の赤茶と腹部の帷子(かたびら)のように見える模様が特徴。姿形とは別に、枝や地面にいるときの動作や飛び方も違うので、見慣れるとすぐ分かる。

 ツグミヒヨドリの見分け方、骨董というか、例えば古陶と同じで、何度も、何度も見比べること、そして互いの特徴、違いを、姿形だけでなく、動作や飛び方、鳴き声などひっくるめて全体としてつかむことだと思う。

 部分の違いにこだわるのを分析的思考とすると、そっちの方向に傾くとかえって分からなくなる。実際、判別するには曖昧なところがよくある。そんな訳で、対象を部分ではなく全体として捉える統合的な思考を働かせること・・・簡単な、当たり前のことをわざと難しく書いてるみたいで気が引ける。

 ツグミヒヨドリなら10個ぐらいのポイントを全体として掴むってことなのですが、別に難しいことではなく、人はふつうこうやって物を見ているんですね。だから何度も繰り返し見ていると自然に身についてくる。見た瞬間、直感的に分かるようになる。

 

 ヒヨドリにふれたので、ついでに今年、新しく気づいたこと・・・ヒヨドリがハナモモの蜜を吸いにやってきた。鳴き声は個性的で変幻自在だけど見た目は地味。でも、それがまた満開のハナモモと実によく合っているんですね。

 けっこう暴れん坊の鳥で、もっちりした花の枝が大きく揺れている。ハナモモは江戸時代の栽培品種、桜や梅よりも長い間、散らないので毎日、眺めている。

 コテコテのピンク爛漫の花とダークな茶色のヒヨドリ、組み合わせの妙です。メジロと白梅を静とすれば、こっちは動。どちらもいい。

  雪月花や花鳥風月、もともとは、唐の文化に由来している。白居易の詩がそう。唐では、雪(冬)はいい、月(秋)もいい、花(春)もいいと、パターン(種類)の列挙だったのが、日本では、花+鳥とか、雪+花+月のように組み合わせの妙になっている。

 雪月花だったら、桜の季節に雪が降り、月下の夜桜を愛でるとなる。花見と雪見と月見を一緒にする。季節、天気に月齢が関わっているので人為では成就しない。こういった趣向、マニアックというか贅沢なんですね。お金の贅沢ではなく自然の贅沢。

 そのあたり、漢心(からごころ)と大和心、いわば詩文の修辞の眼と美の眼の違いなのではないか。

 

 以前は、ジョウビタキツグミも庭で見かけることはなかった。庭でバードウオッチングができるようになるなんて、なんか変な感じ。住宅密集地で自然が戻ってきたわけでもないのに、それどころか一軒家の空き家だった敷地に新しく4軒の家が建ったり、マンションが建ったりして、住環境は、ますますチマチマしてきてるのに、どうして野鳥がくるんだろうか。

 

 ふと、二つほど気になっていることがある。近年、公園や神社の樹々は、みんな伐採、剪定され、下草、雑草の駆除が徹底化している。 公園に緑はあっても、そこは人間の空間で、野鳥の居場所ではなくなっている。そのことは、野鳥の種類が以前よりも少なくなっていることで分かる。当たり前のようにいたカワラヒワホオジロの姿が消えている。

 また、 以前は、街によくいたノラ猫がいなくなって、 猫は家の中で飼うのが一般的になっている。野鳥を捕食していた猫がいなくなった。

 2017年、オーストラリアの国内で毎日100万羽以上の鳥がペットや野生の猫に殺されているというレポートが公表されている。この数字は驚異的な規模で、野鳥の減少に猫の存在が関わっているようなのです。

 都会の人家で野鳥を目にするようになったのはこんな背景があるのではないか。

 なろほどね、冬鳥は本能で平地に移動してくるが、結局のところ居場所がないんで、それに猫もいなくなったしってことで、やってきたってことか。

 

 ・・・なんか、どうでもいいようなことを書いている気がしないでもない。この核戦争の危機(ロシアのウクライナ侵攻)に花鳥風月とはのん気な話だといわれそう。まあ、市隠の独り言なので。

 些細な話ですが、1962年のキューバ危機のときよりも、今回の方が危うい綱渡りをしているように思える。前々からの持論ですが、この世はB級世界なので、なんでも起こりうるんじゃないか。

 B級世界だってことは、アーリマンの力が人間界に及んでいるってことで、シュタイナーが言ってたことでもあるのですが。アーリマンは、比喩的に言えば精神寄生体みたいなもんですね。

 20世紀のはじめ地球の人口は15億人だったのがいまは77億人。また15億人ぐらいに戻っても、些細な話しなのかも。

 

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ジョウビタキと壺中天

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 立春がすぎ雨水、少し前まで夕方5時になると暗かったのが、いまは近所の家の屋根にオレンジ色の夕日が差している。このところ花桃の蕾の膨らみが目立ってきた。とはいえ霜柱の立つ朝もあるし、北風はまだ冷たい。

 天気のいい朝、土の地面が銀色に輝いていた。泥土から浸み出た水が陽光を受けて反射している。はて? 昨夜、雨は降ってなかったが・・・近づくと、霜柱が溶け小さな水たまりになっていた。

 そうか、二十四節気の雨水って雪や氷が溶けて雨となる時期のこと、つまりこれなんだなと納得。辞書で言葉の意味を知るのと、現実に体験する、目で見ることの違いを感じている。

 都会の一角、まわりは人家、マンション、ビル、道路など全てが人工物の中で暮らしている。自然から隔離された日常ですが、その日、その日の天気、それに季節の移り変わりは自然に違いなく、ちよっとしたことの中に自然の姿を見つけている。

 

 この何日か、夕方になると庭に冬鳥のジョウビタキがくる。

 ジョウビタキは野鳥にしては人間への警戒心が薄く、近くに人がいても木の枝、地面をいったりきたりしている。単独行動の習性があり、一羽で動きまわっている。

 姿を見るのは一年ぶり、冬のいちばん寒いころ、もうすぐ春といった時期に現れる。

 スズメよりも小振りな鳥で、同じぐらいのサイズの鳥でシジュウガラ、メジロはわりとよく見かける。しかし、ジョウビタキを見るのは、今の時期だけ。その分、なにか貴重なものと出逢ったような、トクをしたような気分になっている。自然の生物なのでタダで見られる(あたり前)。

 郊外の田畑、河原、雑木林にいけば、特に珍しい鳥ではなく、見たからといってなんということもないのですが、自然が過疎なところに住んでいるので、自分にとってはプレミアム感があるわけです。

 

 これは雌鳥で胴体が灰色っぽく、雄より地味ながらも、体の真ん中の白い斑点、そして柿色にもオレンジ色にも見える尾っぽに華があり、野鳥の中ではけっこう綺麗な鳥です。

 そうでした、枯れ草、落ち葉と土、木の芽もまだの寒々とした情景だからこそ、ジョウビタキのオレンジ色がひきたっていることもある。

 藤色の法被(はっぴ)を纏った鯔背(いなせ)なシジュウガラに、鶯色の着物姿の芸妓がメジロ。とくに白梅とメジロの組合せは、けっこう極まってる。寒い朝のふくよかで艶のある香りもいい。

 ジョウビタキは、・・・紋付羽織袴の歌舞伎役者、黒と萌黄と柿色の定式幕からの連想、ちょっと苦しいか。どうも江戸情緒に流れてますが、原色で派手な熱帯・亜熱帯の鳥とは異なり、武蔵野のどちらかといえば地味っぽい中間色の鳥たちなので、自然とそっち(和の色)の方に傾いてしまう。

 

 「枕草子」には、著者の清少納言がいろんな鳥の中で、いいな、好きだなと思っている鳥の名前が列挙されている。ヒタキ(ジョウビタキの古名)の名も挙げられていた。

 小さくて可愛いもの好きの彼女の感性からして、ジョウビタキのサイズ感、小刻みに尾を振る仕草、それになにより白い斑点と尾っぽのオレンジ、蜜柑色・・・この鳥は外せなかったんだなと思う。

 清少納言の感性の綾、1000年の時を隔てていても、実物を見ていると、つながる瞬間があるように感じられる。「何も何も、小さきものは、みなうつくし」と書いた彼女の感性をもう一歩、リアルにつかめたような気がしている。

 

 それにしても、ジョウビタキは、こんな小さな、華奢な体で、中国東北部、シベリア、遠くはバイカル湖のあたりから、海を渡って北海道に、さらに本州を南下し東京の、それも自分の目の前までくるなんて、大変なことだ。

 何千キロの距離を、途中、激しい雨や強風に見舞われたであろうし、よく耐えたものだ。そして、人口1200万人の東京で、どうやってここを探しあてたのだろうか。

 狭い庭に遊ぶ小さな鳥・・・ユーラシア大陸から北の海、東北の山々を越えてきた物語を重ね合わせると、ふと、壺中天の故事を想い出す。小さな壺の中に入れる仙人がいて、壺の内部にはこの世界と別の天地があったというあの話しです。

 街中のこんな場所で自然の姿を見つけるなんて言葉倒れだろうか。でも、人間の目に映る世界は自己相似形のフラクタル構造をしていると捉えると、そういえば華厳経の一即多、多即一の世界観もそうでしたが、どんな場所にいても見方次第なのではないか。要は、好奇心の持ち方によって見えるものも違うと思っているわけです。

 

 冬鳥でもツグミなら、と言ってもひとまわり大きいぐらいで実質的には同じようなものかもしれないが、見た目、ジョウビタキはヒヨコより小さい。体の筋肉は、ほんの僅かしかないのに、ここまで飛んできて、また帰っていくなんて、奇跡的と言ってもいい。

 どうしてそんなことが出来るの? って感慨がある。ああ、これが自然ってことか。

 目の前のジョウビタキは、そんなこと自覚しているふうもなく(これも、あたり前)、柿と花桃の枝を飛び移っている。

 

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日本の山奥にライオンがいる!

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 旧約聖書のユダの獅子(ライオン)に由来する紋章。エチオピアの発掘品で土がこびり付いている。時代としては、近代に入ってから造られたもの。以前のエチオピア国旗は、中心にこのライオンが描かれていた。また、音楽のレゲエ、ラスタのシンボルでもある。

   

 常識的には荒唐無稽としか言えないような話しですが、実際に山の中でライオンを見た人がいるようなのです。それも各々遠く離れた地域で、何人もの人たちが見ている。  

 目撃談は、1970年代から90年代前半のことで、現代の出来事といってもいい。マスメデイアやネットには、ライオンの存在に関する情報は見当たらないので、これは大スクープなんじゃないか?

 

 たまたま読んでいた本、それから雑誌の中に別々のライオン目撃談があるのを見つけた。本と雑誌の内容は、互いに年代も場所も異なり、まったく関係なく同じようなものを見たというところに興味を惹かれた。

 目撃談の記事は、小さなトピックス程度の扱いだった。実害があったのではないし、写真に撮られてはいないので、そんな扱いなんでしょうね。

 

 最初は『山怪』(田中康弘、2015)という本、奇妙な体験談が載っていた。秋田の雪山でライオンを見たというのですが、 作り話にしては、あまりに非現実的なところが、逆にリアリティを感じた。そう、「不合理ゆえにわれ信ず」です。

 この本は、山の中で猟師の人たちが体験した不思議な話を集めた現代版「遠野物語」として、けっこう話題になっていた。

 秋田県北部の雪山で、マタギの猟師がウサギ狩りをしていたとき、こんな体験をしたという。 1990年代前半のことです。 本文の一部を引用します。

 

「雪も止んで結構穏やかな天気だったんだ。ウサギ狩りには最適だな。まだ勢子が動き始めるまで時間があったから、辺りを何気なく見てな、こう下の斜面の方に顔向けたら、驚いたよ。」

 Iさん(本文では苗字)が立つ位置から少し下がった雪の斜面に大きな何かが見えた。

「ちょうどなあ、ライオンみたいな感じだった。それが何かって言われると、はっきりとは分からねえどもな、感じはライオンだったな、それがこう這いつくばってこっちを見てるんだ」

 静かな雪山、明るい広葉樹の森の中でとてつもない怪物と対峙したマタギは銃を構えた。

 「いやこれは何とかせねばなんね。そう思って銃を構えたけどなあ、とても敵う相手じゃねえって」

 ライフルやスラッグ弾なら大物でも倒せるが、今銃に装填されているのはウサギ狩り用の散弾だ。とてもこれでは歯がたたない。

「もう生きた心地がしねえもんなあ。こりゃあとても駄目だと思ってゆっくり後ずさってよ、仲間の所さ走ったさ」

 この後、猟師仲間にライオンのことを話すが、全然相手にされなかった。付け加えると、Iさんは、他にも狐に惑わされた体験もあったりしてサイキックな資質の人だったと書かれている。

 

 その本を読んだ、ちょうど同じころ、古雑誌を整理していて、パラパラ、ページをめくっていたら、またライオンの記事が目に入ってきた。

 『別冊 宝石』(1973年1月号)、「日本列島を騒がせた怪獣たち」(斎藤守弘)という記事でした。そのころ日本各地でヒバゴンツチノコ、クッシーなどUMA(未確認動物)の目撃談が相次いでいた。

 1973年は、高度成長の晩期、田中角栄氏が首相で、第四次中東戦争によりオイルショックが起きている。そういえば先日、亡くなられた作家・政治家の石原慎太郎氏がネッシー探検隊の総隊長になりスコットランドネス湖に行ってたのもこの年だった。

 そんな時代風潮の中で、関西の和歌山、京都、舞鶴でライオンが次々と目撃されていた。

 1971年1月、和歌山県新和歌浦で駐在所の警察官が見たライオンはこんな感じだった。以下、引用です。

 

「あれは昼飯をとった後でしたな。腹ごなしに近くの雑木林にはいって行くと、奥のほうから耳なれない唸り声がする。いままで見たことのない大きな動物なんですわ。

 見ると、岩の上にごろり横になっていて、前足でしきりに口のまわりをこするところなどまったく猫そっくり。けれど、それにしては図体が大きい。約2メートルくらい。尻尾は長く、耳は小さかった」

 

 記事によれば、警察官が見たということから、その後、大がかりな捜査を行ったが、ライオンは見つからなかったという。

 また、 1972年5月、丹波山中で亀岡市の中学生が見たライオンはこんな感じだった。

 

「まるで巨大な猫のようだった。体に模様はなく、全身、うす茶色。とてもしなやかな身のこなしで、雌のライオンか、ピューマに似ていた」

 わずかに開けた草っ原の上を、跳ねたり転がったり、しきりにたわむれる様子。

「それは記録映画なんかで見るライオンの遊び方そっくりだった。野良犬や山猫なんかの見間違いじゃ絶対ない」

 

 引用文のライオンは、地域、年代が離れていて、互いに無関係の存在だと思われる。みんな虚言? あるいは、なにか他の動物、岩や倒木の類いを錯覚したのか? 客観的な視点で、それが何かと詮索してもどうも先に進まない。思考停止になってしまう。

 異なる視点から、これは人間の主観性の世界に棲息している幻獣ライオンなのではないかと思った。 伝説や神話に登場する、民間伝承で伝えられてきた、あるいは妖怪の一種、そんな動物をひっくるめて「幻獣」と呼ばれている。

 「いる」という言葉の解釈になるのですが、物質的な存在ではないが、「いる」ということもありえるのではないか。また、客観的に誰にも見える「いる」とは異なる人により見える人と、見えない人がいる、そんなパターンの「いる」もあるのではないか。

 じゃあ、幻獣ライオンって何なの? すぐに思い付くのは、ユングの説いている「元型」・・・人類の集合的無意識の象徴ではないか。元型と言っておけば、UFOでもなんでも、よく分からないことはみんな当てはまってしまうので、なんか安直な考えのような気がしないでもないが。

 そんな心理学的な解釈では面白くないという人には、幻獣ライオンは、この世界(三次元空間+時間)に属していない何か、異次元獣だといってもいい。同じ出来事でも、山奥で幻覚を見たというより、異次元獣と遭遇したといった方がドラマチック。

 意識の本源はこの世界に属していないんじゃないかと疑っている・・・DMTやケタミンサルビノリンAから得た直観で、科学ではまだ未解明の領域。思うに、客観世界を主観世界の観察対象として分離し捉えている現在の科学のパラダイムでは解明できないのではないか。

 ということでは、結論だけ直観的に分かっていて(と、思い込んでいて)、そこから察するに、元型も異次元獣も同じことになる。

 

 人類の始まりを仮にチンパンジーの祖先と分岐した約600万年前とすると、現在までの大部分の間、ライオンと人類は、捕食者と被食者という関係だった。人間は、一方的に食べられちゃうだけ。ライオンは、SF映画プレデターみたいな存在。

 人類が集団でなんとか対抗(反撃)できるようになったのは3~4万年前ぐらいからではないか。

 忘れてならないのは、ホラアナライオンやスミロドンのような既に絶滅した、ライオンよりも大きくパワフルなネコ科の肉食猛獣が1万年前ぐらいまでヨーロッパやアメリカにいたということだ。それらより少し小型になるがヨーロッパ南部には西暦1世紀ぐらいまでライオンがいたし、イランには19世紀までいた。

 1万年前といえば、日本では縄文時代に入っていて、そんなに大昔(?)でもない。 文字はなかったけど、すでに言葉を使っていたから文化的な伝承、つまり人から人、ある世代から次の世代への情報のコピーがなされていたはず。

 こんな猛獣たちが跋扈していたころの人類にとって、ライオン・・・ネコ科の大型猛獣は現代人には想像できない恐怖というか畏怖というか、そういう絶対的な存在だったはず。

 人類は、何千世代もの間、そんな一生を繰り返していたのだから、人類の潜在意識に情報のファイル、つまり元型として刷り込まれていないわけがない(変な論証かも。まあ、瞑想的な推測として)。

 ライオンが王権の象徴であり、スフインクスの胴体がライオンなのも、神社の狛犬も、その名残りだと思っているわけです。

 

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翡翠(ヒスイ)をなでる・・・触覚の快感

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 渋谷のハチ公前、妙にすっきりしている。海外の観光客の長い行列ができていたのが嘘のよう。ハチ公と一緒に記念写真を撮る順番待ちの列だけでなく、周りはいつも人でいっぱいだった。  

 視界が開けるとハチ公の前足が目につく・・・表面がツルツル、銅光りしている。人が手で触り、なでていったので銅の地肌がすり減り、足指の造型が分からない。一体、どれほどの人が触るとこんな状態になるのだろうか? 

 前足に手の平を当てると、大寒の冷えびえとした金属の感触、体温が奪われキューンと冷えていく。しばらく手を当てていると、体の芯まで冷えてきて、肝臓、腎臓あたりに寒気を感じる。

 

 昨年の晩秋、風の快感について書いた。「風」の「快感」? 風ならいつでも、どこでも当たり前のことだし、それを快感と言ってしまうのは大げさか。

 でも、これこそ薫風というレアーな風のことを想い出していたとき、頭の中で「風」と「快感」が結びついた。ということでは、自分にとっては発見だった。

 

 今回は、ツルツルの物体に触ったとき、その滑らかな感触の心地ちよさ。

 翡翠(ヒスイ)の原石を磨いていたときのこと。ミャンマーのヒスイは、川の礫(れき)で丸っこく、クリーミーな緑色をしていた。

 原石の白い部分(こっちの方がヒスイとしては純度の高い部分ですが)を削って、緑色の部分が広がるようにサンドペーパーで延々擦っているうちに、地肌にヌルッとした感触が生まれてきたのに気づいた。

 この手触り、アイスクリームが口の中で溶けていく感じに似ている。蕩(とろ)けるような感触。皮膚に塗ったエタノールが気化するときの感覚なんかもそうだけど、融解にしろ蒸発にしろ消滅していく皮膚感覚は快感なのではないか。 

 究極的には、肉体自体がこの世から消えていくときの感覚がそうだと思うが、話が逸れていくので戻します。

 

 ヒスイは結晶構造がチエーン状に連なっており、硬いだけでなく粘り強く、簡単には割れない。こんな特性が粘りのある密な手触りを生み出している。

 ネットリとしたキメの細かさ、 指で撫でると細やかで、つややかな感触、絹の布地を彷彿とさせる・・・何度も手にしているうちに、感触の味わいに開眼したわけです。

 なるほど、漢の時代から続く中国の玉の文化は、これなんだなとひとり納得。ああ、古来、玉はネフライト(軟玉)が主ですが、それはそれとして、石の彫物を「見る」「愛でる」だけでなく、指や肌で肉感的に感触を味わう文化ということです。

 現代中国でも和田玉を羊脂玉と讃えているように、文字通り羊の脂の質感にある。

 

 ヒスイ(ヒスイ輝石)は石英(水晶、瑪瑙)よりも比重が高い鉱物で、つまりどっしりした重量感と硬質な質感はこの石の個性でもある。また、握っているうちに掌の中で温もってくる温感も味わいのひとつだろう。

 ヒスイは小石でも比重が高いのでどっしり感があり、掌に載せた石の重みからカミの感応(つまり神意)を知ろうとした、古の石占いに想いを馳せる。

 

 これに惹かれ、身の回りに転がっているもの中からツルツルした物をテーブルに並べてみた。鉱物は当てはまる石がいろいろあるが、まずヒスイがあるので他はパス。硬いものという流れなので、例えば犬や猫の肉球とか、レザーとかビニールの類いもパス。

 シカの角(削ってツルツルにした)、ムクロジの実(羽子板の黒光りしている玉。今の季節、林に落ちている黄色い果実を割って取り出す)、カルボン球(一件、黒真珠。炭素原子が金属結合した工業用の球。ダイヤモンドより硬い)を選んだ。

 光沢の出るまで磨いたシカの角の感触は優美(ホントにそう!)、グーッと湾曲した撓(しな)りの手触りがいい。ムクロジの実は、漆器にも似た植物ならではの温和で純朴な質感。超硬度の人間を拒絶し、取りつく島もない異質感のカルボン球、これはこれで個性だなと思う。それぞれ異なるツルツル感を味わう。

 

 深夜、目を瞑って、いろんなツルツル感に耽る。ツルツル感の違い、組み合わせの変化を味わうのは面白い。でも、感触は目で見えるもの、音で聞こえるものではないから触覚の変化を共通の言葉で表すのは難しい。形や色なら言葉・文字で伝えられるのですが。なにか意味や価値があるわけでもない。ダイレクトに感覚だけの世界。

 一方、目で見る、つまり光。耳で聞く、つまり音、よりも体の一部(指)で物に触っているのだから、ずっとリアルな体験だ。

 また、硬度や比重の違いも、統合された、ひとつになった味わいどころです。とはいえ、そんなこと言っていても、現実は、見た目、テーブルの前でただボーッとしてるだけ。

 ・・・横道に逸れますが、外は冬枯れ、木々の葉が落ち空気の流れぐらいの風では物音もしない。ツルツル感に浸っていたらサラサラ小さな音が聴こえてくる。何の音? かたまって生えている葉蘭の葉が微風に揺られ擦りあっている音でした。関係ないことですが、葉蘭の大きくて、一年中青々とした葉は、刺身を盛るのにいい。

 スルーッッッッッッ→サラサラサラ→ググッ→ツルールーン(シカの角→ムクロジ→カルボン球→ヒスイの感触)と触り心地の変化を楽しむ。

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