未来は今・・・臨海副都心とウルトラQ

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 毎年、春、秋の二回、お台場の国際展示場に通っている。もう20年以上になります。

 ここは、通称、東京ビッグサイト、巨大なロボットみたいな建物(会議棟)で知られていますが、大きな展示場がいくつもあって、そこをうろうろしている。とにかく広いので歩くのが大変。

 よほど天気が悪くない限り、昼すぎにはいつも西展示場の屋上で一休みしている。屋上の端に小さな見晴らし台があり、ここでコンビニで買ってきたおにぎりやサンドイッチを食べる。

 この場所は自分にとって隠れ家的スポットで、いちばん景観のいい場所を独り占めしてる気分・・・と言っても、そんなことに関心ある暇人はいないので、いつきても無人なんですが。

 残暑の厳しい炎天下の日もあったし、見上げると台風が接近して低い雲が流れるように動いていたことも、小春日和の凪いだ海を眺めてたり、冬の真っ青な空の下で日なたぼっこをしたりと、いろんな日があった。

 そこから見える景色、眼下に東京湾、遠く房総半島のコンビナート、羽田空港を離着陸する飛行機、巨大な観覧車、大きな玉が載っているテレビ局、ベイブリッジ、鳥居みたいな形をしたホテル、高架で空中を滑っているように見えるゆりかもめと基本的には変わってない。

 それでも、少しずつ変わっているところもありました。通いはじめたころは、夢の島は海からせり上がった白い丘だった。廃棄物の山が白く見えたわけです。ゴミ処理のクレーンも見えた。それがいまは移植した木々が成長して緑の島に変わりつつある。

 夢の島という名前、いつの日か緑の森になることを計画して付けられてたのでしょうか。

 品川の方向は、再開発で以前はなかった高層ビルが林立している。すぐ隣の有明にはオリンピック関連の施設が建っている。

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 1月下旬、快晴の暖かな日、いつもの場所で、いつものように休憩してたら、珍しく人がやってきた。上の写真、隠れ家にしている見晴らし台の屋根です。

 屋上の端っこで、周囲は駐車場になっていることもあり、ひと気がなく、他の人と鉢合わせしたのは本当に久しぶり。この10数年ではじめてのこと。

 催しに出展しているヨーロッパの業者さんのようで、階段をちょっと昇り、視界の開けた場所に立ったとき、ワオーと声を上げた。目の前に広がる景色に、よほど驚いたんでしょうか、思わず声が出ちゃったという感じ。

 冒頭の写真は、その人が声を上げた景色。季節は真冬ですが、太陽が燦々と輝き、海がキラキラ光っている。平日ということもあり、見渡してどこにも人がいない。ゆりかもめが無音で滑るように移動している箱庭的世界。

 そうでした、この天気、冬の海洋性気候もワオーと言わしめる大きな要素になっている。暖かな昼下がり。雲ひとつない真っ青な空、眩しい太陽。遠くに真っ白な富士山も見える。こっちの方がインパクトあったのかも。

 この景色を毎回、見てきて、自分の内に焼き付いている。海と空、それにシュロの木が並んでいる亜熱帯的な天地、薄い水色、ライトブルーの建物や交通機関、視界は整然としてひと気がない。

 生活感が全くないし、車も人の姿も見えない。まるで現実がジオラマ化しているよう。

 無音、無臭、隅々までクリーンで清潔な空間。全てが無国籍的な、人工的でフラットな、どこか空虚な世界、これが日本の21世紀なんだな、 自分の内ではそんなイメージが出来あがっている。

 

 いつからかこの景色、昔のテレビ番組のワンシーンと重なってるように思えてきた。

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 今から約半世紀前、1968年に放映されたウルトラQ、「開けてくれ」というタイトルで、異次元の世界のシーン。海があって、その向こうに奇妙な建築群、空を列車が走っている。

 ゆりかもめは空は飛ばないですが、人の頭上を高架で移動している。電車と違って無人運転で無音、走るというより滑る、移動するといった感じです。

 人間世界の現実は過去と未来を織り込んで作られている。見ているのは日常普通のお台場の景観ですが、半世紀前の異次元(=未来)が今、ここにあるんだなと思っている。結局、昭和の高度成長のころの人々の集合的無意識が物質として形になった、現実化したのを見てるってことですよね。

 20年も見続けてイメージが固まってきた。失われた20年といわれた時代とも重なっていて、だいたいこのあたりまでかなと思っている。明け透けに言ってしまうと、この四半世紀、経済が停滞している中、よくここまでやったなとも思う。

 そういえば、1982年に公開された映画、ブレードランナーは37年後、2019年のロサンゼルスを描いていて、その世界はレトロフューチャーといわれる当時としては斬新な未来像だった。

 ・・・と言っても、19世紀の世紀末のアートがそうだったような反近代の頽廃的な雰囲気を再現してるようにも思え、本質的に「斬新」とは言えないのかもしれない。『西欧の没落』(1918)の二番煎じのようにも見える。

 それはさておき、ブレードランナーの未来は、随所、東洋、日本っぽくもあった。当の日本は、ブレードランナー的な荒んだ退廃的世界とは異なりウルトラQも現在のお台場も明るくクリーンで、なんか桃太郎的(?)な感じがする。

 また、超近代的なビルで見る人を人を圧倒させるようなドバイ、ああいうバブル的な世界とも違う。お台場の景色は、ブレードランナーやドバイと比べるとチマチマしていて、かと言って決して見劣りするわけでもない特異な世界で、こういうところがナンバーワンよりもオンリーワンを志向した日本なのかも。

 別にそれを選択したわけではなく、もともとそうだったので惰性でそうなったオンリーワンなのですが。だから他の国とは比較できない・・・特異な世界のわけです。

 思うに、今後、大地震や核戦争、火山噴火とか疫病、食料・エネルギー危機なんかもそうですが、この列島は昔から繰り返してきたことからすれば、この景色も消え去るときがくるかもしれない。

 でも、それも織り込み済み、口にしなくても薄々、誰もが感じているはず。昔から何度もそんなことを繰り返してきたのだから。

 そして、次に再建される日本はやはり桃太郎的で、かつチマチマした世界になるんじゃないか。

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 これが見晴らし台。 升形の砦みたいな小さなスペースで、石の腰掛が4席。日除け程度の屋根、空を見るにはこれぐらいの方がいい。元来、狭い所が好きってこともあります。

 天地広大な空間の中にポツンと、茶室というかウサギ小屋みたいな所が落ち着く・・・こういう感性、日本的なのかも。

 

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食い千切られる・・・ソクラテスの人面パイプ

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 朝、目が覚めると枕元に紙の小片が散らばってる。ボール紙、ペーパータオルのような紙、横文字の紙の切れっぱし・・・はて?

 あっ、あれは大丈夫か? と慌てる。布団を動かさずに、シーツの上をゆっくりと手で探る。

 あった! 中身は無事でした。横文字の紙は、破かれた品物の証明書だった。

 先日、入手したばかりの古いグレイパイプの頭部、陶器でソクラテスの顔になっている。19世紀前半のドイツのもので、化石を扱っているドイツの業者が、こんなものもあるよ、と小皿に入れた6~7点の小さな顔の陶器を見せてくれた。

 喜劇風の妙な顔とか、ヨーロッパ人の男の顔、それぞれ由来があるようで、聞けばリンカーンの顔なんかもあるという。

 

 前夜、寝る前に横になって見てるうち、急に眠たくなってきて、厚紙の小さな箱に収め、それからはっきり覚えていない。夜中、眠ってるとき、犬のJがやってきて、箱を食いちぎり、それから包んでいた柔らかい紙と証明書を破いていたのだ。中の陶器は、無臭で硬いので当然、無関心。そのまま放ったらかし。助かりました。

 これまでもJには、本や雑誌、新聞をはじめいろんなものをやられている。ペン、鉛筆の上部は齧られて崩れてる。毛布は齧られて穴が空いている。顔は齧られないですが、舐められる。

 『陶庵夢憶』は表紙から58ページまで食い千切られ、自分で補修して欠落したままときどき読んでいる。『蘇東坡詩選』はバラバラに散乱し買い直した。しかし、その本をまた齧られ、二度目は表紙を破られただけだったので補修して読んでいる。

 読んでいるといっても、 横になるとすぐに眠くなるので、 いつまでも読み進まないうち、結局、Jに齧られるパターンを繰り返している。

 いつも齧るのなら、もちろん対策を考えるけれど、この間は、おとなしかった。それでつい気を許していると、向こうは気まぐれで齧るので始末に負えない。

 

 このパイプはドイツの地方都市ウスラーで見つけたものだそうで、1835年のものだとのこと。

 この年、ドイツで初めて蒸気機関車が走っている。 イギリスで蒸気機関車の営業運転が始まって10年後、そんなには時間差ないなという印象。日本では江戸時時代の天保年間にあたる。

  ベートベンやヘーゲルといった人たちの少し後、ドイツが統一国家になっていく途中の時代で、資本主義の胎動期。まだ電気はなく、馬車が走っていた。思うに普通の庶民の生活・日常感覚では中世から近世の世界に生きていたのではないか。

 う~ん、年表見ても政治的な出来事、事件、発明とかは書かれていても、そういうことはよく分からない。まあ、当たり前といえば、その通りで、天保のころの日本人のことだって実感するのは難しい。大塩平八郎の乱とか、映画の「天保水滸伝」だと下総の侠客どうしの抗争があり、利根川の河原で斬り合いをしてました。

 

 このソクラテスの顔 鼻が高く、眼科が窪んでいて、ヨーロッパの哲人といった感じですが、実際のソクラテスの容貌は大違いでした。こういう顔の造りをしてるのは、哲学の祖はヨーロッパ人じゃないと示しがつかないってわけですよね。

 キリストの容貌にしてもそう。長い間、教会やヨーロッパの絵画で描かれてきたのとはずいぶん違うようで、いつかヨーロッパ文明を客観的に見ることが出来るような世界になったとき、ソクラテスやキリストは名実ともに、これまでとは別人になるのかも。

 

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似ている・・・腕足動物の化石と水草の実

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 今年も残すところあと僅か。この間、9月からブログの更新がとまっていました。今朝、今年中になにかアップしなきゃと思い立ち、前から気になってたことを書いてみました。

 というのは、古生代の腕足動物スピルファーの化石と水草の菱(ヒシ)の実がよく似てることです。上の写真がそれ。

 左が手元にあったスピルファーの化石、アメリカのユタ州で発掘されたもの。世界各地から発掘されていて、昔の中国ではその形から岩燕と呼ばれていた。

 右のヒシの実は日本の池に生えていたもの。この実は食べたりもされている。穴を開けてビーズ、数珠にしたりもしている。

 

 両者、ちょうどサイズも同じぐらいで並べてみた。人間が似せて作るのではなく、自然のものが似ているというのは、直感的に、なんか奇妙な、レアーな感じがして面白い(と、思っている)。偶然の一致、シンクロニシティに何か意味を感じる心理が醸し出される。

 

 そういえば、収斂進化という言葉がありました。魚類のサメと哺乳類のイルカのように、系統の違う動物が、似たような体形をしてることを言います。モグラとオケラの前足の形が似ているとか、系統的には異なる睡蓮と蓮が似ているとか動植物、昆虫などいろんな生き物の中にそういう姿を見ることができるそうです。

 

 はて? スピルファーとヒシの実は、動物と植物、それも体と実(たね)、これも収斂進化の一例なんでしょうか?

 スピルファーには、二枚貝のように水を吐き出し推進力にして動くような機能はなく、海底で水の流れを生かして向きを変えたりするためこういう体の構造になった。

 海ではなく空だと、風の流れに乗って空中を飛ぶ凧がそうでした。水でも空気でも流体の力学からなるべくしてそうなった形。ゲイラカイトスポーツカイトの形、よく似ている。

 

 ヒシの方ですが、ちょっと調べて見ると、水上に浮いて発芽したときに流されないためのストッパーの機能を果たすため両端がトゲ状になって、こういう形になっているという説明がありました。水面に出ている他のものと接触して繋留、流されないようにする。実際に水辺で見たことがないので、そうなんだろうなと思いつつも、よく分からないところもある。

 「99.9パーセントは仮説」という本がありましたが、世間で定説になってることも、詳しく調べて行くと、案外、疑わしいことが多々ある、そんな気もしてる。

 この実は、水面を漂うウキになっている。それほど流れの激しくない湖、沼の浅瀬に生えてる水生植物なので、もしかして船やカヌーみたいに流れに乗って水面を移動するのに有効な形として、こんな形になったってことはないんでしょうか? 僅かな水の流れを生かして生息圏を広げるのに有効性があるので、こういう形になったなんてこと。

 いや、鳥や魚にパクリと飲み込まれないようにトゲがあるのかも。こちらの方が納得しやすいかな。スピリファーと似てるのは偶然の一致。とすれば、写真見てのとおり、よくこんなに似た姿してるな、と感心するばかりです。

 どちらも素人の当てずっぽうなのであんまり自信ない。実際、どうなのかいつか観察してみたいところです。

 

 ちょっと付け足し・・・先ほど、偶然の一致、シンクロニシティに何か意味を感じる心理と書きましたが、その心性を突き詰めると、人類の原初的な呪術的思考が蘇ってくるというか、文字の生まれる遥か昔、新石器時代ぐらいまでの人類はこういう思考をしてたんじゃないか。『金枝篇』で言っている類感呪術や『未開社会の思惟』で言っている融即律を思い出す。

 全体を見て似てるって感じるのは、直観の働きでした。全体ではなく部分(細部)ならよく見たら似ているというのもありますが、全体は見たとき瞬間的に分かることで、直観は別の言い方をすれば統合的な認識ということでした。それはAIのようなデジタル的な思考(分析的思考)とは真反対な関係にある。

 形がそっくりだからって、それが何なの? と、意識にほとんど抵触しない人もいるでしょう。一方、そういうのに何か引っかかるものを感じる人もいて、イエス・ノー、白黒はっきりしない微妙なところです。自分の場合は、そういうのを面白がる方ですが、なんか変だなーというぐらいでも構いません。

 それは、自分たちは文明世界に生きていながらも、まだ人類の幼年期の心性を忘却してはいないという証拠なのではないか、と思っている。

 

 ・・・「似ている」ということでは、これも追加しときます。2004年、アメリカ海軍機がカリフォルニア上空で撮影したUFOの動画から。

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 う~ん、よく見てくと、両翼(?)の先の反り方、尾っぽの形、異なりますが、まあ、その辺りは全体的に似てるってことでご容赦ください。

 こういうのって政府や軍とは別に民間で作ってるってことないでしょうか。その試験飛行を軍が見つけて驚いてるのかも。多国籍ベンチャー企業とかNGOのようなグループで、開発に宇宙人も雇ってたりして。

 これは何年か前に流出した動画で、今年(2019年)になって空軍が未確認飛行物体と認定したことが話題になりCNNのニュースになった。検索すればすぐに出て来ます。

 

 今日は穏やかな快晴、今は昼の一時前、窓ガラスに当たっている日差しに年の瀬を感じています。よいお年をお迎えください。

 

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夜の雷雲はけっこう綺麗

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 昨日は夕方、ゲリラ豪雨に見舞われました。天気が急変し、近くで稲光と落雷の音が轟く。その後、雨はあがって、夜になると雲間に星が見えました。

 11時ぐらい、外に出て歩いていると東の方向、夜空が光った。雲の向こうで白い光が間歇的に瞬いている。それが小一時間続いた。

 その時間、千葉の市川市の方で雷が発生していて、それが見えたようです。前線に伴って発生する界雷と呼ばれる雷らしい。ここは桜新町なので、都心部をまたいで距離は30キロぐらいか、音は聞こえない。

 間に雲があって、その中で光っている。内側から光の当たった雲は超巨大なドームのようでした。雲の濃淡によって、閃光の明るさに差が出て、それがいっそう幻想的に見える。

 打ち上げ花火は光の点ですが、これは雲のヴェールを通って光の面になっている。この雲のドームは、高さ4〜5キロ、直径15キロぐらいか? けっこうきれいで、そう、人間が作ったどんなものよりも大きくきれい。

 書きながら富士吉田市から見た富士山と三島市から見た富士山の大きさの違いを想い出している。富士山は高さ3.8キロ、富士吉田市から15キロ弱、三島市からは30数キロといったところか。

 記憶のイメージに残っている雷雲は、富士吉田市から見た富士山に近いような・・・あんまりあてになりません。

 殺風景な都会で暮らしていても、たまには自然界の美しい光景に出会えるのですね。

 しばらく立ちどまって眺めていたが、ちょうどバッグにカメラがあったので、思わず写真を撮ってみました。

 光っている時間は、ほんの一瞬なので、眼に見えた雷雲とそれが画像に写っている姿は何か違っているように感じる。写真に写った雲の裂け目は、奇想の景観みたいに見えて面白い。

 100枚以上撮っているのですが、イメージと合っている写真は僅かでした。

 上の写真は、世田谷1丁目の畑で撮りました。あとの写真は、桜新町2丁目で撮ったものです。

 このすぐ下の写真は超巨大ドームの出現、7枚目で天の扉が開いちゃって、一番下は異世界の都市が現れる・・・という見立て。

 

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戦前のフリーメイソン、秘密結社の本と焚書

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上/『日本に現存するフリーメーソンリー』(大沢鷲山著、内外書房刊、1941)、『支那を繞り政治・経済・並に宣伝に活躍する上海猶太銘鑑』(国際政経学会編、国際政経学会刊、1937)

下/『秘密結社』(F.Ligreur原著、藤田越嶺訳補、東京高原書店刊、1934)、『世界各種秘密結社研究』(納式律著、一進堂書店刊、1929)

 

 暑い中、本の整理をしている。置き場がなくなり、まとめて古書店に引き取ってもらう話になった。

 これはもういいかなという本を大雑把に分け、ダンボール箱に詰めたり、ヒモで束ねたりしている。 長年の間に、置き場所は三軒の家に分散していて、押入れや廊下から次々出てきてきりがない。家に1、2、3、5、6巻あるが、4巻だけ他所にあるとか、箱はこっちにあるけど、本体はどこにあるのかとか手間取っている。

 分野、テーマごとに集めた本があり、まるごと処分するか、残しておきたい本を選ぶか悩ましい。 昭和20年代に出版された本は紙質も製本も悪く、整理しているうちにボロボロ崩れてくる。

 梅雨の頃からやっていて、大体のカサの目安はついてきました。

 本って一冊、一冊はなんてことないけど、集まると容積にしても重さにしても、とんでもないことになるんですね。はじめは軽く簡単に持てたのが、どんどん重くなってきて、遂には持った人を押し潰す妖怪の子泣き爺を思い出します。

 

 今回、フリーメイソン、秘密結社関係の本で戦前に出版された34冊(うち1冊は英語の本)と戦後1960~70年代に出版された28冊を一括して手放すことにしました。

 上の写真は、戦前の4冊です。全部の本のタイトルを書き写すのは時間がかかるので、購入をお考えの方はお問い合わせください。

 

 戦前のこの関係の本は、いまも古書展の目録でたまに目にしますが、これだけ揃って出ることはまずないと思います。主に1970年代後半、神田の古書会館で開かれていた古書展、それに五反田と高円寺の古書展などで購入しました。

 その頃、毎週送られてくる目録を丹念にチエックして購入していた。ザーッと、小さな字で書かれた雑多な本のタイトル、著者名、出版年を見て探すのですが、いま振り返ると、延々、よくやったものです。

 目録から同じ本を複数の人が希望したときは、クジ引きで一人決めることになっていた。戦前の34冊の中には国会図書館と競合して入手した本、競合者が何人もいて運よく入手した本、けっこうな値段だった本もあります。

 いまはどうなっているのか知りませんが、その頃は、クジ引きで競った他の人の名前など書かれた札が本の扉に挟まれていた。それをみると、2倍からせいぜい5、6倍の競り合いで、けっこう当たりました。

  当時、本を箱に収めて押入れに仕舞ったまま、いつの間にか月日が経っていました。タイムカプセルに入れたまま忘れてたといったところです。

 

 結局、フリーメイソンや秘密結社に関心があって、読むために、あるいは何か調べるために集めたというよりは、「フリーメイソン、秘密結社の本」を集めるために集めてた(?)わけです。

 今思うに、テーマは何でもよかった。ふとした偶然の切っ掛けからそういう本を集め出し、収集すること自体が目的になっていた・・・どうも変な話しですが。

 究竟、本の競い合いでクジに当たると嬉しくて、埃をかぶった古書の山の中から掘り出し物を見つけたりするとまた嬉しくて、そんな感激(?)を味わうために集めていたのかも・・・振り返ると、そんな気もしてくる。なんか依存症っぽい。

 本は基本的に印刷物=複製品なので一般人でも買える範囲の相場ですし、古書展はオークションのように値段が釣り上がっていくシステムではない。だから、飲む・打つ・買うの道楽に比べると、そんなにお金がかからない。・・・ええ、古本なので、紙屑、ゴミを集めて喜んでるのと紙一重でもあるのですが。

 囲碁・将棋、登山、読書は昔からの日本人の手軽な道楽で、一般的には月並な趣味程度に見られがちですが、中にはそれにハマって身を滅ぼす人もいる。やっぱり、それぐらい、人を破滅させるぐらいじゃないと、本当の道楽とは言えないのではないか。

 古書の収集は、貧者の道楽としてはコストパフォーマンスの面で大穴的なフィールドでした。しかし、そこに陥穽がありました。

 本って全くたちが悪い。一冊、一冊は軽く、小さくても、たまると重く、大きくなってゆき、愛着があるので捨てるに捨てられず、さらに増え続けどんどん重く、大きくなっていく。

 長い年月をかけて、やっと気づきました。 本という存在は、群体生命のように増殖して初めて正体を明かすのです。 その正体は、子泣き爺の化身、人に取り憑く妖怪なんですね。

 

 神田の古書会館と言っても、場所はJRの御茶ノ水駅から坂を下った駿河台下にあり、そこの2階の広いフロアーで毎週金・土曜日に古書展をやってました。いまは新しいビルになって地下で開催されている。

 真冬の寒い朝、古書会館前の路上に不精そうというか不健全というか、独特の雰囲気の男たちが列を作っていた。古書展の初日、平日の金曜日なので、朝からそんなところに並んでいるのは、大体がマニアのブックハンターや、せどり師たち。開場と同時に入り口に殺到し、我先に階段を駆け上っていく光景を想い出す。・・・妖怪に取り憑かれちゃってる!

 その後、神保町の細い路地にある喫茶店「さぼうる」や「ラドリオ」の薄暗い店内でゲットした古書を取り出しては黄色くなったページを撫でたり、古い紙の匂いを嗅いだり、戦時色の濃い装丁を眺めていた。 

 愛書狂の変人、奇人について、紀田順一郎氏がよく書いていました。「書鬼」ってところまで極まっちやった人もいる。紀田氏の『推理小説 幻書辞典』(三一書房、1982)は、小説の形式をとりながらも、そこに登場する本の収集家たちは実在しているはず。知り合いにそういう人、何人かいましたので。・・・なんの話をしてたんでしたっけ?

 

 1990年代に太田竜氏が反ユダヤフリーメイソンといったユダヤ陰謀論に傾倒していったのは、戦前、ユダヤ問題を研究していた国際政経学会の影響が大きかったといわれている。その国際政経学会の本も7冊ほど含まれています。

 戦後1960~70年代に出版された26冊は、戦前の本ほどには時間も経っていないので、コツコツ古書展を探していけば、その多くは見つけられるのではないかと思う。それほど珍しい本ではないですが、知る人ぞ知る国際政治評論家の山川暁夫氏が注目していた本もあります。

 太田氏と山川氏は、共に故人ですが、昔、両者と会ったことがありました。

 太田氏とは1980年代にある研究会で顔を合わせている。でも、奇を衒った浅薄なところが垣間見えてしまい、物足りないというか、どうも馴染めなかった。

 太田氏がユダヤ陰謀論を唱える前のことで、あのころ、太田氏と波長が合っていれば、既にず~っと眠ったままになっていたこれらの本や資料をお渡ししていたのですが。

 山川氏と会っていたときのこと。話の途中で、ふと、『ユダヤ人と世界革命』(1971、永淵一郎著、新人物往来社)という本を評価する言葉を耳にしたのを覚えている。硬派の左翼で、かつリアリストだった氏にしては、意外な感じがしたからです。

 山川氏は、そのころロッキード事件の背後に日本、北米、欧州の三極委員会の存在があるという記事を雑誌に書いており、その絡みで口から出た言葉でした。この本も戦後の28冊の中に入っています。ネットを検索するとけっこう出てくるので、比較的容易に入手できる本のようですが。

 それにしても、山川氏はソ連のスパイだったという話があり、その一方、生家はマンガのサザエさん一家のモデルだっという話もあり、事実は小説よりも奇なりを地で生きた人っているんですね。

 

 これらの本、まとめて古書店に引き取ってもらうことも考えましたが、どうも味気ない。やっぱり誰か、譲るべき人の元に渡ってほしい。

 でも、もしそういう人がいなかったら、出会う縁がなかったら、最後は、全部、焼却施設に持っていくかとも考えている。いわば自作自演の焚書

 誰にも知られてないこと、そんな秘密の知識、情報が記されている本が、世界に一冊だけ残っているとして、その一冊を焼却してしまえば、その知識、情報はこの世から永久に消える。そういう行為って、無上の甘美な全能感に浸れるのではないか。

 ここで話題にしている62冊は、そこまでレアーな本ではないですが、数少なくなっている本なのは確かで、焚書するだけの価値(?)、あるんじゃないか。 

 これらの本によって、最初はクジに当たった時のラッキー!って悦楽感を堪能したし、最後は焚書の全能感を満喫できるなら、それは、読んで得られる知識や情報、あるいは売って得られる金銭を超えた価値と言えるのではないか、そんなふうに思っています。

 

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野鳥の羽を集める

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 近くの公園で見つけた野鳥の羽を額に入れてみた。左からワカケホンセイインコ、 キジバト、 ツミ、 オナガ

 

 梅雨明けから東京では、気温35度、湿度70パーセントの日が続いている。馴染みの浅草はあい変わらず外人観光客でいっぱいですが、この蒸し暑さに参っている様子。来年のオリンピック、大丈夫なんでしょうか? テレビでもそういうこと触れないのは、もう開催まで一年を切ってどうしょうもないんで、野暮なこと口にしないってことでしょうか。

 去年の今頃は、イエローサファイアと火星の大接近に夢中になっていました。6月末に梅雨が明け、外に立ってるだけでじとーっと汗が流れてくる夜、朦朧としながら火星を見ていた。

 朦朧で思い出しましたが、蒸し暑さの酷さでは、スリランカは大変でした。日差しの強さではイラクやメキシコの方が上でしたが、それ以上に湿度が心身に与える影響の大きさを思い知らされました。

 どのぐらい酷かといえば、意識があっても考えや思考がまとまらない朦朧とした状態になっていた。もう我慢できないっていう不快感がずっと続くのですから。この時期の東京より上だった。上には上があるって言葉、あんまり気休めにはなりませんが。

 

 5月に小振りの鷹、ツミが近所の若林公園にいるという話しを書きました。 あのとき、クロマツの枝にとまっていたツミを眺めてると上から羽がクルクル回りながら落ちてきた(「雀鷹(ツミ)の声、海馬(トド)の匂い」参照)。

 それ以降、朝、公園に行くとツミの羽が落ちてないか探すようになった。しかし、なかなか見つからない。実は、あのとき羽が落ちてきたのはけっこうレアーなことだったようです。

 毎日、ツミの羽を探しているうち、いろんな鳥の羽が落ちているのが気になり出し、拾っては種類を調べるようになった。そのうち羽から鳥の種類が分かるようになりました。 都会の公園なので、そんなに種類が多くはないので簡単です。落ちている羽の多くはキジバトでした。

 

 集めた羽を額に入れてみたのが上の写真。どれもそれほど珍しい鳥ではないです。これらとは羽の色の違うメジロやジョウビタもいるのですが、都合よく羽が落ちていないので、いまのところこんなラインナップ。

 色や模様のきれいな野鳥の羽を選んだ。よくいるヒヨドリムクドリ、スズメは羽の色が地味なのでスルーしています。 鳥屋ではないので鳥の種類や分類を網羅しょうとは思っていない。並べてきれいに見えるかを選択の基準にしてます。

 野鳥観察をしている人、野鳥の専門家というか、そういう人たちのことを「鳥屋」と呼ぶらしい。ネットを検索していて知りました。鳥屋ですか・・・技術屋という言葉がありますが、そこからきてるんでしょうか。

 鳥屋から思い浮かぶのは、かなり奇矯でいて、一方、真面目で几帳面な普通人の顔もしてる人、頭の中は理工系で、性別は男、そんなイメージ。鉄道マニアのことを仲間内で自嘲気味に「鉄ちゃん」と呼んでるのと似てるなと思いました。

 似てるというのは、同好の仲間の内では自慢できても、世間ではちょっと気恥かしくて隠しているような嗜好、そのアンバランスさに萌える(?)ってところでしょうか。

 

 並べ方をいろいろ考えた末、色の配列でワカセホンセイインコの緑、キジバトの赤茶、 ツミの鷹紋、 オナガの藤色にしました。羽の色に模様、大きさ、形状といった要素を加味し、順番を替えたり、繰り返した末、こうなりました・・・細かい話ですいません。

 ワカセホウセイインコは外来種で、ペットとして飼われていたのが逃げ出し、東京の西部の世田谷、杉並、大田で繁殖している。群れで移動し、公園でもよく見かける。鮮やかなイエローグリーンの色彩は、いかにも熱帯の鳥といった感じです。インド原産の鳥で、日本の野鳥というのは苦しいのですが、羽の緑色がきれいなので、まあ良しとして並べました。

 緑と対比して見栄えがいいのはということで、隣は赤茶のキジバトにした。この緑と赤茶の対比を選んだ時点で、後の2つは決まったも同然でした。

 キジバトの尾羽は形の見栄えはいいですが、黒っぽい地の先に白い円形の模様と、どうも華やかさに欠ける。キジバトで雉っぽい赤茶色が目立つのは胴体の小さな羽の部位で、そうなると今度は左右に並んだ羽との大きのバランスが崩れる。

 比較的、赤茶が目立ち、大きさもある羽を見つけたのでそれにした。羽先の赤茶が蝋燭を灯したようにも見えます。

 では、左端がキジバト、隣にワカセホンセイインコという配列もあるかというと、キジバトの羽は色の部分が小さくて端に置くには力不足で、その配列は気が進まなかった。

 そしてキジバトの隣はツミ。羽の色は地味ですが、鷹紋の模様がポイント。配列で左右の両端は色のついた羽でないと味気ないので、この順番になるのは必然でした。

 最後に右端がオナガ。武蔵野の鳥と称されていて、地元、世田谷区の鳥にもなっている。関西には生息していないと聞きましたが、どうなんでしょうか。

 これは細長い形状と藤色がポイントで、左端のワカセホンセイインコと入れ替えてみたりもしましたが、そうなると藤色と赤茶が並ぶことになる。しかし、緑と赤茶のインパクトに比べると、藤色と赤茶のコントラストはどうも弱い。

 

 結局、上の写真のような配列になりました。途中、配列を考えるのはパズルを解いてるようでもあり、でも、普通のパズルは客観的なルールがあるのですが、こちらは印象、イメージ、感覚に基づく主観のパズル。正解のないパズルを解いてるといった感じです。

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 ところで、一番きれいなのは、カラスの羽だと思っています。遠くから見るカラスは黒いだけですが、近くからよく見ると違う貌が現れる。カラスの羽の色を表した烏羽色とか濡羽色という言葉がありました。昔から女性の黒髪と重ねて語られている。  

 そういう深淵なまでの光沢のある黒もいいですが、群青色に近い黒の構造色を斜めから見るのもいいです。それが上の写真。神社の境内の石の上に置いて撮ったのですが、下の石が透けて見えるのが分かるでしょうか。

 鳥の羽ならではのフワッとした希薄な透明感は、同じような構造色でも鉱物や貝殻、昆虫のような物体の持っている質感がない分、美しさを増しているように感じます。

 

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バングラデシュのブーゲンビリア

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ダッカ市内の船着場。ドラム缶を運んでいた。岸辺にコンクリートや石、木の建造物がなく、どこも土で水辺は泥々。ゴミやガラス片のない泥土でみんな裸足。

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ここも市内の川辺。オレンジを積んだ小舟。ぐるりと見渡すと低平な大地で、写真を撮ると空ばかりが写っていました。デルタ地帯って、結局、泥土と水の世界だってことを実感します。・・・2枚とも現在のバングラデシュではなく、独立から少し経った頃の写真です。

 

 6月下旬、ブーゲンビリアが開花している。いつも歩いている道の横のマンションの玄関脇、管理人さんが手入れしていて鮮やかに咲いていました。少し紫の入った赤い花は目に眩しい。

 そういえば、この色は、モーリタニアとかアフリカで採れるルビー原石の色にありました(ピュアーな赤からは外れた色なのでルビーとしての価値は低いですが)。

 ブーゲンビリアは炎天下が似合ってる・・・バングラデシュでそこらじゅうに咲いていたのを想い出しました。 

 もうずいぶん昔になってしまったので、バングラデシュの記憶、曖昧になっている。ダッカの路地裏、夕闇の奥に蝶の群れのように咲いていたブーゲンビリアの茂み、この情景は脳裏に焼き付いている。地べたの黒い泥の色と熱帯の夕闇の中に、赤い花の塊が溶けたように見えました。

 

 急に懐かしくなり、YouTubeで最近のバングラデシュの様子を観ました。旅行者の人が撮った動画を次々観ていく。自分の記憶している国とはすっかり様変わりしている。

 あの頃は、まさに泥と水の国でした。人口は今の半分ぐらい、パキスタンからの独立(1971年)後、少し経った頃で300万人が独立戦争で亡くなり、膨大な難民が生まれ、ダッカの街には人がそんなにいなかった。妙にがらんとした街で、そこかしこに道端で火を焚き、煮炊きする人たちがいた。

 この国は、かってはインドの一部だったので、全体的にはインドっぽかったですが、ビンズー教色がインドよりずっと薄く、イスラムの影はあまりなかった。YouTubeを観ていると、現在は、イスラムの服装をしている人が増えてるのを感じる。

 いま振り返ると、一戸建ての洋館が建ち並んでいたり、イギリス植民地の地方都市がそのまま残っていたように思う。その時は、そんなことまで考え及ばず、ヨーロッパの古い映画のセットみたいだなと眺めてた。

 当時、隣国インドのカルカッタコルカタ)の街は、植民地時代の重圧感のある古びて煤けたビルがあり、道路は穴ぼことゴミだらけで汚く、路上で暮らしている人たちがいて、いかにも貧困という言葉があてはまるようなところでした。

 バングラデシュは、インドをさらに一段とデイープに・・・と書きそうになりましたが、そう書いてしまうと、なんかニュアンスが違うような気がする。単に、インドよりもっと深刻とか、あるいは貧困というのとは違う。

 確かに物質的にインドよりも貧しかったということになるでしょうが、それよりも、ところどころ、まっさら原始的な世界があるように感じたことの方が印象的でした。

 原始的な世界・・・それはステレオタイプに発展が遅れていたということではないと思います。いま思うに、独立戦争(内戦)の被害が甚大で、文明的なものが崩壊した後、熱帯のデルタ地帯の風土に回帰した世界が現出していたのではないか。

 上に300万人という数字を書きましたが、これはとんでもない数です。カンボジアポルポト政権時代の惨劇と並んで、1970〜80年代に東南・南アジアで未曾有のハルマゲドンが起きていたのですが、共に国の内部で起きていたことであり、メデイアの目に届き難い地域での出来事だったので、残っている記録は少ない。

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 わたしの目に映ったバングラデシュは、時間の流れの緩やかな、土の大地にブーゲンビリアの咲き乱れる美しい国でした。

 バングラデシュの「貧しさ」はそれほど気にならなかった。もともと子供の頃の日本は、庶民はみんなそれほど豊かではなかったですから。高度成長期以前の普通の日本人の衣食住を知っている人間にとっては、バングラデシュの「貧しさ」もそれほど抵抗なく受け入れられました。

  日本が経済大国とか、飽食の時代だとか、言い出したのは1970年代に入ってからのことです。その頃から唐突にGNP(途中からGDPになる)とか言い出しはじめた。

 ・・・本音を言うと、庶民の暮らしは今より高度成長期以前の方が豊かだったように思う。その時代を知っている友人に聞くと、だいたい同じように感じている。日本は1960年代の高度経済成長で豊かになったという一般の社会常識と反対のこと言ってるって? この話は「豊か」という言葉の意味になるので、ここでは端折ります。

 ゴツゴツした大木に大きなジャックフルーツ波羅蜜)の実がずた袋みたいに垂れ下がっていて、割って口にするとミルキーなフルーツキャンディのような味がした。人が作ったケーキやお菓子よりも美味しいなんてと感動しました。

  そして、この実の大きさ、人間の幼児よりも大きい。何十キロもあって重くて持ち上げられない。熱帯のフルーツの魅力にこのとき開眼しました。

 フルーツキャンディの味では分かりずらいので、ちょっとこだわると、最近、売れゆきが低調で販売を終了したフルーツ牛乳の味といえば伝わるでしょうか。昭和の時代、よく銭湯にこの牛乳ビンが並んでいた。特定の果物から抽出された味ではなく、バナナのようなオレンジのような現実には存在しない合成された味でした。

 はじめて食べた自然の味の感想が、以前から知っていた合成の味に似ていたという味覚の既視感は、天然と人工があべこべで妙な気がしました。

 これが仏典の波羅蜜多の味? 完璧さ、完成された、悟りの彼岸を意味する名前のついた果物の味覚は、柿、ミカン、桃、梨といった日本の温帯の果物とはずいぶん違いました。確かジャックフルーツの原産地はこのあたりでした。

 そういえば妙法蓮華経にしても泥沼に咲く蓮(ハス)の花の教えってことでした。つまるところ、仏の世界を誰にでも分かるイメージで伝えようとすると、濃密で大振りな果物(の味覚)や花の姿(視覚)になるのですね。

 

 あのときのバングラデシュはハルマゲドン後の世界だったのだろうか? ちょっと飛躍しますが、もしそうならば、人類の文明が崩壊するとか、地球上の人間の大多数が死滅するとかしても、その後、生き残った人間たちで作る新しい世界は、まんざら悪くないかもという気もしてくる。

 20世紀はじめの地球の人口は約15億人だったのが20世紀末に約60億人になっている。100年でおおよそ4倍に増えた。いまは74億人ですか、でも、長い目でみると、20世紀が極めて特異な時代だったので、将来、8割減の人口15億人の地球に戻るとしても、それほど大事でもないように思える。

 ハルマゲドン後の世界をテーマにした小説、映画、コミックはたくさんあります。でも、そういうのって頭の中で想像してるよりも、現実になると案外「普通」で、そんな世界にも日常はあって、すぐに現実に織り込まれていくように思えるのですが。

 少し前のブログのアブサン酒の話しで「プラセーボ」のこと書きましたが、それともうひとつ、この「織り込み」という現象ーー株価や石油、金とかの価格はそれによって上がったり下がったりしているーー人間はこの二つの「魔法」に翻弄されている。

 魔法って前近代の迷信の類と思っていると、現代にもしっかりあって、それが「プラセーボ」と「織り込み」という現象だと思うのですが。いまのわれわれは、そんなふうには考えていないですが、後世の人類は、21世紀の頃に信じられていた魔法と見なすのではないか。・・・横道にそれました。

 

 話を転じます。前から感じていたことですが、平地で近くに水のある土地は心が休まる。鎮まる。そして、そういう土地柄ならではの居場所がありました。なんで浅草が自分にぴったりしたのか考えると、寺町なのに加えて隅田川があるから、上野は不忍池があるからだと思っています。

 西葛西に定住するインドの人が多いのは、近くを荒川が流れているからだと聞いたことがある。その気持ち分かる気がする。

 どうも自分は、水郷みたいな土地に惹かれる。関東だと、利根川の関宿、五霞から下流霞ヶ浦あたりの情景にそういう所がありました。関宿の利根川と江戸川の分岐した河川敷を歩いていたとき、湿った土に靴が食い込む感触にダッカの川辺を思い出した。

 ・・・あまり関係ない話ですが、その河川敷にカモシカと見誤るぐらいの大きなタヌキがいます。以前、ブログに書きました。

 日本の温帯の風土では、水郷の自然も中庸ですが、同様の地勢が熱帯になると、自然がさらに濃密で、米や野菜は一年中実るし、原始的な豊かさーー黄金のベンガルという呼び名がありましたーーに満ちていた。たぶんそこに魅かれていたんだと思う。

 温帯の水郷に潜んでいる大物といえば、ナマズ雷魚、鯉とか草魚といったところでしょうか。1メートルを越えるのもいて迫力あります。

 また関係ない話に脱線しますが、昔の映画を観てたときのワンシーン。江戸時代、沼から大きなナマズを採ってきて、七輪に土鍋をのせ、団扇でパタパタあおいで調理し食べていた。題名は忘れました。モノクロの怪談映画です。

 それがまた美味しそうで、一度、ナマズ鍋食べてみたい。薬味はなにがいいだろうか。ついでに、草魚を釣って、中華料理の唐揚げで食べてみたい。・・・食べ物のこと書きはじめると、どんどん話がそっちの方にいってしまい、話を戻します。

 一方、ラオス南部のメコン川にいるメコンオオナマズは3メートルに迫るとか。こうなると人が持ち上げるどころではなくなる。バングラデシュの川にはさらに大きなノコギリエイがいました。熱帯の自然には、こんな化け物みたいな生き物を育む力があるのですね。

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 川辺に人が集まっていて、近ずくと巨大な怪魚が引き揚げられていた。

 写真に収まりきれず写っているのは一部です。胴体の上に人が4、5人乗っていた。先端のノコギリの部分だけでも人の身長よりも長く2メートルはある。象のような肌で、全長は10メートルぐらいだったでしょうか。

 ノコギリザメ? 調べるとノコギリエイのようです。ノコギリエイは海から大河の淡水域まで、泥で濁った水底を好んで生息しているとか。

 でも、ネットで検索して出てくるノコギリエイの画像とはサイズがかなり違う。こっちの方が桁違いに大きい。どうなってるんでしょうか?

 まあ、世の中で写真に撮られてない巨大魚はけっこういて、これはたまたま通りがかりに写したということなのかもしれない・・・自分の中では魯迅の小説「故郷」に出てくる正体不明の獣、チャーみたいな存在になっている。

 UMAでもUFOでも何でもいい、そういう存在と接すると、その人の生が+α豊かになる。その人の内で何かが開くという言い方をしてもいい。この+αは、お金には換算できない価値です。考えてみれば、こういうのも原始的な豊かさの一つかもしれない。

  チャーは、海辺の砂地の畑に西瓜を食べに現れる子犬みたいな姿の動物で、すばしこく毛皮が油のように滑るので捕まえられないという話しでした。

 あれからずいぶん月日が経ちましたが、あの怪魚は今もダッカの川底の泥の中に潜んでいるのだろうか?

 

 YouTubeバングラデシュを観ていて、屋台めしなんか食べたいなと思いつつも、行きたいという想いはそれほど湧いてこない。今のダッカは、人口密度世界一の喧騒の街になっていて、自分の想っているところとはずいぶん違うようですから。

 昔のバングラデシュに行きたい。過去の世界なので、現実には、どこにもないところ。地球上どこでも、近代化と開発は進む一方なので、自分の親しい世界はどんどん消滅している。

 

 ところで、先週、親しい友人と雑談してたときふと言われました。「あんたの言ってることは、人の参考にはならないよね。エキセントリックな話ばかりで、言ってること事実かもしれないけど、役に立たないから」と。もっともな指摘です。

 

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