乳香、グリーンホジャリの若木

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 乳香(フランキンセンス)の若木。新しい葉が次々と出てきた。

 先月のはじめ、梅雨の長雨で枝葉がみんな落ちてしまった。細長い棒みたいな茎のまま一ヶ月がすぎ、日本の気候では無理だったのかなと諦めかけていた。 

 8月になり盛夏が戻ってくると、茎の先に小さな芽が表れ、一週間ほどで葉のついた枝が四本広がった。 見た目、山椒の枝葉に似ている。以前よりも葉のサイズが大きく、緑も濃くなっている。元気が戻ってきた。

 

 乳香の中でもグリンーホジャリの産地として知られるオマーンの山岳地帯で拾ってきた種から育てた木です。 土漠に生えている乳香木の周りに小さな種がたくさん落ちている。 

 気候の異なる日本では発芽しても成長しないことが多く、約100粒の種から若木になったのは3本でした。発芽してから今年で7年目になる。

 ・・・と、書いていますが、この経緯はAさんから聞いた話しです。昨年、Aさんに木の面倒を頼まれ、ゆきがかり上、枯らすわけにもいかず、手入れの仕方、育て方を知らないまま世話をしている。

 

 生育状態を気にしながら世話をしているうちに、いつしか情が生まれ、大切な存在になっていった。 砂漠の国の木なので、日本の四季に馴染めず戸惑ってるんだろうなと思うと、植物に情が生まれるってこともあるんですね。

 毎年、晩秋になると日差し、日照時間がめっきり弱く、少なくなり、枝葉は萎んで落ちてしまう。冬は室内の日当たりのいい場所に置き、水やりしすぎないように気をつかう。

 春、葉の芽が出てきて、夏になると目に見えて葉の勢いが増す。この木にとっては、猛暑がいちばん心地いいんだろうな。ずっとこんな日々が続けば嬉しい(と思っているはず)。

 でも、今朝、棗(なつめ)の実が赤く色づきはじめ、榎(えのき)の丸くて小さな実が地面に落ちているのに気づいた。榎の実は、仄かに甘いアンコのような味。秋が近ずいている。

 木は動かないし何も言わないので、こちらが常に木の体調(?)を観察し、健康状態を察している。葉の表情から猛暑の日差しを喜んでいるんだなと、木の気持ち(?)が分かるような気がする。

 秋が近いのを知ったら、この木はがっかりするだろうな、ちょっと不憫な思い。

 人間や動物のようにすぐに反応しないが、こちら行動(鉢の位置を変えたり、水遣りをしたり)にゆっくり反応しているのは確かのようで、植物はボディランゲージで応えている。

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左はドファール地方の山の中、土漠に生えている乳香(グリーンホジャリ)の木。右はグリーンホジャリの樹脂。写真ではグリーンの発色が分かりづらいですが、肉眼だと分かります。


 乳香(フランキンセンス)の木は、カンラン科のボスウェリア・サクラという学名の灌木で、樹液を乾燥させた乳香は古来、中東、地中海周辺、北アフリカで尊ばれてきた。カトリックロシア正教の教会でも焚かれる。フランキンセンスは欧米で用いられている名称で、オマーンではアラビア語の名称、ルーバンと呼ばれている。

 本場の中東で乳香といえばオマーンと言われている。そしてオマーンで、最もグレードの高い乳香をグリーンホジャリと呼んでいる。南東部のドファール地方の山間部がその産地。

 新鮮なグリーンホジャリは、きれいなグリーン色をしている(黄色味、クリーム色がかったものある)。樹脂の塊なので、見た目は鉱物のよう。特にマスカットグリーン色のプレナイト(ぶどう石)は丸っこい形状も色もよく似ている。

 新鮮な樹脂の塊は、仄かにレモンのような爽やかな香りがする。色でいえばミントグリーンの香り。 通常、乳香は焚いて香りを引き出すもので、樹脂のままではあまり香気が分からない。

 グリーンホジャリの樹脂はそのままで、自然界の中で最も美しい香りではないかと思っている。・・・香りをどう表現するか、一瞬、言葉に詰まった。焚いた香りではないのでバルサムノート(樹脂系の香り)の重さ、粘っこさがない。

 また、例えば沈香の香りならば、言葉で表現しようとするとき、その深さ、玄妙な香りにあまたの言葉が費やされるが、グリーンホジャリの香りはライトでシンプル。そう、シンプルに美しい香りです。

 ・・・香の話しをしているのに、焚く前の素材自体の香りを賛美してるのって妙な話しですが。

 

 オマーンの国土の大部分、8割は砂漠地帯、僅かに低い山地がある。海沿いの平地は高温多湿のモンスーン気候。 

 グリーンホジャリは、海沿いから離れた乾燥した山間部に生育する木から採られる。砂漠地帯のように一年中雨の降らない土地では木は育たない。

 高温多湿の海岸部でもよい乳香が採れるのですが、グリーンホジャリはグレードがいちばん高い。 植物としての品種は同じですが、自然環境の違いで香としてのグレードの違いが生まれる。

 山間部の乾燥した自然環境が乳香木にストレスを与えることでグリーンホジャリができるわけです。ふと、木がストレスを受けて、防衛反応を起こすことで香気成分が生まれる沈香(伽羅)を思い出す。

 広い意味では自然なのだけど、その中で局所的に不自然な環境下に置かれたとき、動けない=受身の生物である植物は、ふつうに育っている同類に勝る特性を生み出す。

 

 植物は化学物質を放出して互いに匂いでコミュニケーションしているという。ひところ森林浴の効果は、木が放出しているフィトンチッドという自己防護物質によるものだといわれてました。植物は匂いで昆虫を引き寄せたり、遠ざけたりもしている。

 植物は自他の区別のない茫洋とした意識の世界に生きていると思われるので、意思表示と他者とのコミュニケーションが同じなんですね(たぶん)。タコが自分の皮膚の色を変えるのと似ている。

 人間の嗅覚では認識できない化学物質も含め匂い=香りを植物の意思表示と見なせば、グリーンホジャリや沈香の香りの特性は、植物の声ともいえる。

 日本では古来、香を聞くという言い方をしてきた。その言葉、奇しくも植物の声を聞くと解釈してみたい。グリーンホジャリは過酷な生を享受しながらもいじらしく、なんと爽やかな、美しい声ではないか。

 

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