ジョウビタキと壺中天
立春がすぎ雨水、少し前まで夕方5時になると暗かったのが、いまは近所の家の屋根にオレンジ色の夕日が差している。このところ花桃の蕾の膨らみが目立ってきた。とはいえ霜柱の立つ朝もあるし、北風はまだ冷たい。
天気のいい朝、土の地面が銀色に輝いていた。泥土から浸み出た水が陽光を受けて反射している。はて? 昨夜、雨は降ってなかったが・・・近づくと、霜柱が溶け小さな水たまりになっていた。
そうか、二十四節気の雨水って雪や氷が溶けて雨となる時期のこと、つまりこれなんだなと納得。辞書で言葉の意味を知るのと、現実に体験する、目で見ることの違いを感じている。
都会の一角、まわりは人家、マンション、ビル、道路など全てが人工物の中で暮らしている。自然から隔離された日常ですが、その日、その日の天気、それに季節の移り変わりは自然に違いなく、ちよっとしたことの中に自然の姿を見つけている。
この何日か、夕方になると庭に冬鳥のジョウビタキがくる。
ジョウビタキは野鳥にしては人間への警戒心が薄く、近くに人がいても木の枝、地面をいったりきたりしている。単独行動の習性があり、一羽で動きまわっている。
姿を見るのは一年ぶり、冬のいちばん寒いころ、もうすぐ春といった時期に現れる。
スズメよりも小振りな鳥で、同じぐらいのサイズの鳥でシジュウガラ、メジロはわりとよく見かける。しかし、ジョウビタキを見るのは、今の時期だけ。その分、なにか貴重なものと出逢ったような、トクをしたような気分になっている。自然の生物なのでタダで見られる(あたり前)。
郊外の田畑、河原、雑木林にいけば、特に珍しい鳥ではなく、見たからといってなんということもないのですが、自然が過疎なところに住んでいるので、自分にとってはプレミアム感があるわけです。
これは雌鳥で胴体が灰色っぽく、雄より地味ながらも、体の真ん中の白い斑点、そして柿色にもオレンジ色にも見える尾っぽに華があり、野鳥の中ではけっこう綺麗な鳥です。
そうでした、枯れ草、落ち葉と土、木の芽もまだの寒々とした情景だからこそ、ジョウビタキのオレンジ色がひきたっていることもある。
藤色の法被(はっぴ)を纏った鯔背(いなせ)なシジュウガラに、鶯色の着物姿の芸妓がメジロ。とくに白梅とメジロの組合せは、けっこう極まってる。寒い朝のふくよかで艶のある香りもいい。
ジョウビタキは、・・・紋付羽織袴の歌舞伎役者、黒と萌黄と柿色の定式幕からの連想、ちょっと苦しいか。どうも江戸情緒に流れてますが、原色で派手な熱帯・亜熱帯の鳥とは異なり、武蔵野のどちらかといえば地味っぽい中間色の鳥たちなので、自然とそっち(和の色)の方に傾いてしまう。
「枕草子」には、著者の清少納言がいろんな鳥の中で、いいな、好きだなと思っている鳥の名前が列挙されている。ヒタキ(ジョウビタキの古名)の名も挙げられていた。
小さくて可愛いもの好きの彼女の感性からして、ジョウビタキのサイズ感、小刻みに尾を振る仕草、それになにより白い斑点と尾っぽのオレンジ、蜜柑色・・・この鳥は外せなかったんだなと思う。
清少納言の感性の綾、1000年の時を隔てていても、実物を見ていると、つながる瞬間があるように感じられる。「何も何も、小さきものは、みなうつくし」と書いた彼女の感性をもう一歩、リアルにつかめたような気がしている。
それにしても、ジョウビタキは、こんな小さな、華奢な体で、中国東北部、シベリア、遠くはバイカル湖のあたりから、海を渡って北海道に、さらに本州を南下し東京の、それも自分の目の前までくるなんて、大変なことだ。
何千キロの距離を、途中、激しい雨や強風に見舞われたであろうし、よく耐えたものだ。そして、人口1200万人の東京で、どうやってここを探しあてたのだろうか。
狭い庭に遊ぶ小さな鳥・・・ユーラシア大陸から北の海、東北の山々を越えてきた物語を重ね合わせると、ふと、壺中天の故事を想い出す。小さな壺の中に入れる仙人がいて、壺の内部にはこの世界と別の天地があったというあの話しです。
街中のこんな場所で自然の姿を見つけるなんて言葉倒れだろうか。でも、人間の目に映る世界は自己相似形のフラクタル構造をしていると捉えると、そういえば華厳経の一即多、多即一の世界観もそうでしたが、どんな場所にいても見方次第なのではないか。要は、好奇心の持ち方によって見えるものも違うと思っているわけです。
冬鳥でもツグミなら、と言ってもひとまわり大きいぐらいで実質的には同じようなものかもしれないが、見た目、ジョウビタキはヒヨコより小さい。体の筋肉は、ほんの僅かしかないのに、ここまで飛んできて、また帰っていくなんて、奇跡的と言ってもいい。
どうしてそんなことが出来るの? って感慨がある。ああ、これが自然ってことか。
目の前のジョウビタキは、そんなこと自覚しているふうもなく(これも、あたり前)、柿と花桃の枝を飛び移っている。
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